2006年03月27日

雪舞 渡辺淳一

 以前、「白き手の報復」という短編集を途中まで読んだ事がある。書評にも書いたが、「少女が死ぬ時」という短編を原作にしたテレビドラマを子供の頃に見ていたく感動したのを思い出して探してみたら渡辺淳一にたどり着いた。

 そのときはドラマと原作のギャップに少し失望したのと、図書館への返却日がせまっていたのとで、3編ほど読んで返してしまった。渡辺淳一作品は、それ以来の読書である。流行語にもなった「失楽園」も読んでない。森田芳光の映画はもちろん観ているが、森田作品として見る限りあんまり感心したできばえではなかった。当然ながら「愛の流刑地」に関する世間の侃々諤々にはあまり関心もない。

 小説の舞台は札幌の総合病院である。そこで働く若き医師が主人公だ。若いと言っても、青臭いヒューマニズムだけを志して自らの未熟さは棚上げするような駆け出しの医師ではなく、それなりに経験を積み外科部長からの信任も厚い中堅の医師だ。

 中堅ともなると多忙なルーティンワークを的確にこなす事が求められる。さらには部長が陣頭指揮をとる研究プロジェクトの一員として学会向けの資料作りにも力を入れねばならない。医学を志した頃の理想や野心はそれなりに胸の片隅にしまい込まねばやっていけないのが、医療の現実だろう。

 そんなときに彼は、友人の医師の依頼で心臓に障害を抱えた一歳に満たない乳幼児を往診し、母として妻として二重に傷つき悲嘆に暮れている一人の女性と出会う。目の前にか弱くもかろうじて生きている子供をどうすることもできない無力さと哀れを感じている。その上、プライドの高い夫からは子供の障害の原因があたかも妻の方にあるのではと疑われて立つ瀬がない。

 彼は女性の悲しさに惹きつけられながらも、医師として誠実な対応をとろうと心がける。この場合の誠実とは、患者にも患者の家族にも不用意に感情移入しないで冷静に病状を見極め、最善の医療を施す事を指す。彼はきわめて難しい症例の乳幼児に対して手術の可能性をさぐるために入院させる。

 ここからが渡辺淳一らしいドラマと言えるのだろうが、医師は母親からも父親からも個人的に接触を余儀なくされる。母親からは切実な手術の依頼であり、父親からは子供が障害を持つにいたった真の原因への詮索である。この冷え切った夫婦関係に彼は無関心ではいられない。何故なら母である彼女の一途さに打たれてしまっているからだ。

 その後の彼は、夫から見放されている不憫な妻のために日頃押し隠してきた医師としてのヒューマニズムを自らに問わざるをえなくなる。そして結果として、重大な医療過誤を引き起こす事になり、病院にいられなくなる。

 この作品の巧妙なところと言ってしまうとなんだが、著者の独特な筋立てのうまさがあるとすると、単なる現実と理想の板挟みという風に物事を単純化していない点だ。一見すると感動的な物語だととらえかねないし、作品のうたい文句が「ヒューマニズムの意味を問う」という美辞麗句にくるまれているが、その実ここで描かれているのは、人間のエゴそのものである。

 若き医師は、幼く哀れな乳児と向き合うだけでは医師としての逸脱はなかったろう。母である女性に魅せられ、同時に夫のエゴの醜さに憤って、初めて自らのヒューマニズムの在りかを問う事になるのだ。それ自体、彼のエゴに他ならないが、彼にとっては自分の今回の逸脱が何に突き動かされた結果なのか意識化できない。

 病院を去り、旭川(もしくは小樽だったか)の小さな医院で平穏でやや退屈な日々を手に入れた医師は、乳児を亡くした妻に新しい子供が宿ったことを友人から知らされる。その皮肉な結末を知って改めて自分のとった行動は何だったのだろうと腑抜ける医師のつぶやきに、僕らは彼のヒューマニズムがいかに曖昧なものであったかを思い知らされるのである。
(2006年3月4日読了)


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posted by アスラン at 02:12| Comment(2) | TrackBack(1) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
アスランさん、私のブログへのご来訪、コメントにトラックバックありがとうございました。
実はわたし、無責任なことにこの「雪舞」、ずい分前に読んだきり内容も忘れている部分が多いのですが(ごめんなさい)、
今思うことは、自分が医師の立場なら・・・ということ、「医師としてあるべき姿とは」について。わたしだったら、患者の家族に意思統一を促しながら、自分の見解をはっきり持ち、人間として、患者に最善の医療を尽くすことと考えます。原因究明より、「今」、患者にとって何が最優先されるかがいつ何時でも重要かと思うのですが。まぁそこがこの小説の一番のネックになる部分で、色々複雑な事情を抱える医師の葛藤、となるのでしょうが・・・認識足りないでしょうかねぇ・・・。
ここんとこバタバタで読書もままならなかったけど、4月からは落ち着いてもう一度ゆっくり取り組めると思います。
今度こそアスランさんと同時に同じ書物に取り組んで、感想を述べ合えたら・・・と思ってます。またよろしくお願いしますm(__)m
Posted by ririe at 2006年03月31日 10:10
ririeさん、コメントありがとう。

無責任でもなんでもないですよ。読んでよかった記憶はあるがストーリーは思い出せない。それでもオススメしちゃってください。

ところで書評では舌足らずでしたが、この本の乳児のケースでは最善の医療というのが「手術はしない(できない)」という選択だという点がポイントです。

できないとカンファレンスで決定したにも関わらず、乳児の母親の訴えを聞いて主人公の医師は手術を独断で行います。そこには実は医師と彼女とのメロドラマが介在してるわけではなく、母親自身が楽になりたい解放されたいという思いが絡んでいます。

 つまりこの作品では、患者や患者の家族のエゴとどう向き合うかという事がひとつのテーマになっています。しかもこのケースのように患者にとっての最善ではなく家族にとっての最善が時に医師を躓かせる。それもまた医療の現実ではないでしょうか。

 またオススメしてくださいね。一緒に語りましょう。
Posted by アスラン at 2006年04月03日 00:21
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「愛ルケ」だけで渡辺淳一さんを語ることなかれ??「雪舞」
Excerpt: 日本経済新聞文化面に連載されていた、 渡辺淳一さん著の「愛の流刑地」が昨日終了しました。 以前、「失楽園」などで世間を騒がせていた氏の小説、 今回もアノ場面の描写の激しさなどで話題騒然(?)..
Weblog: ??せせらぎ??
Tracked: 2006-03-31 10:23
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