2010年06月29日

51番目の密室−世界短篇傑作集− 早川書房編集部/編(2010/6/5読了)

 世界ミステリ全集第十八巻「37の短篇」から12篇を選んで、新たに「世界短篇傑作集」と銘打って出版されたのが本書だ。これに先立ってすでに「天外消失」というタイトルで14篇が収録されている短編集が出版済みだとは、あとがきで初めて知った。そういえば「37の短篇」という一冊は神保町・三省堂書店の1階にあるミステリーコーナーで必ず見かけた記憶がある。ずいぶん昔の話だけれど…。ということは残りの11篇でもう一冊短編集が編めることになる。こういう手ごろなサイズに分割されると、また手にとって読んでみようという気になるのは妙なものだ。文庫化されると新しい読者がつくのは当然のことではあるのだが。

 僕はタイトルの「密室」という文字が目に入らなければ借りようとは思わなかった。例の「有栖川有栖の密室大図鑑」の単行本を借りて読み、文庫も購入してからというもの、そこに紹介された〈密室物〉を読破しようなどと思い立って、すでに4,5年は経過してしまった。一向に計画は進まないのだが、「密室」アンソロジーとなると気になってしまう。

 だが、本書は決して密室物のアンソロジーではなかった。たまたま表題作の短篇が密室物だったに過ぎない。しかも「密室大図鑑」の著者は「豪快系の密室」として紹介しているくらいだから、おのずと「密室」のトリックも正統派とは思えない。だが興味はわく。いや、すでに読んだことがあるかもしれない。短篇の場合、何度読んでも読んだ事を忘れてしまうことはよくあることだ。ならば本格ミステリーの場合は「これ幸い」な事この上ない。もしサブタイトルどおり傑作であるならば、再び結末の醍醐味を味わえる。スカであったとしても短篇なので被害は最小限というものだ。では、一編一編味わってみるとしようか。

[うぶな心が張り裂ける クレイグ・ライス]

 酔いどれ弁護士J.J.マローンの第一作、だそうだ。一度も読んだ事はないが、殺人事件にもかかわらず、のほほんとしたテンポが楽しめる。ただ、無実の罪で死刑囚となった男が首を吊った際に言い残した「切れなかった」という言葉ひとつで謎を引っ張っていくのだが、これがbreakという英単語の多義を利用した謎なので、日本人の僕らにはいまひとつオチが決まらない。

[燕京綺譚 ヘレン・マクロイ]
 ミステリー(謎解き)であると同時に、幻想小説でもある。ロシアやイギリスなどが中国を割譲していた時代の物語。まだ近代化していない古き王国・中国のきらびやかさと退廃とを描いている。単に異文化への興味を掻き立てた著者の好奇心から生み出された物語というだけでなく、中国の文化と歴史への著者の正確な理解があってこその傑作だと言いおきたい気持ちはわからないでもないが、短篇1作に付された「訳者附記」は、やはり蛇足ではないか。

[魔の森の家 カーター・ディクスン]
 訳者が江戸川乱歩というところが驚きだ。通常、創元推理文庫の短編集に含まれている本短篇は乱歩訳ではなかったはずだ。ただし、本書の最後に転載されている「37の短篇」出版当時の座談会で、「乱歩訳」は名前貸しに過ぎないと暴露されていて少々興ざめだ。

 作品自体は、乱歩自らが編んだ「世界短篇傑作選」にも含まれているカーの代表的な短篇だ。いまとなってはトリックを忘れようにも忘れることができないほど明快な「密室物」のお手本のような作品なので、面白さは半減するが、全編にわたってHM卿の愉快な語り口と、ラストのオチの絶妙さが光る一作だ。

[百万に一つの偶然 ロイ・ヴィカーズ]

 〈迷宮課シリーズ〉というのも読んだ事がない。実は最後のページの最後の段落を読むまでは「百万に一つの偶然」とは何のことか、うかつにもピンとこなかった。これで謎が解けたの?と一瞬首をかしげてしまったくらいだ。でも、よくよくかみ締めてみると「ああ、なるほどね〜」という関心する。そういったタイプのオチだ。なんというか、ちょっとブラックユーモアを効かせた味わいがある。

[51番目の密室 ロバート・アーサー]

 作者の名前は聞き覚えがない。先に触れたように有栖川さんが「豪快系密室」と分類したように、なるほど「ごうかい!」の一言が似合う作品だ。そもそもが本格ミステリーのパロディーと思って読まないと期待を裏切られるかもしれない。だが、被害者の首が切られてテーブルの上に乗っかっていたり、ミステリー作家が実名で登場していたりするので、間違うことはまずないだろう。そして「豪快系密室」と思って期待すれば、これはもう期待を裏切られることは決してない!

[燈台 E.A.ポー/R.ブロック]

 ゴシックホラーの雰囲気を十分すぎるほど湛えた短篇。さすがポーだ。死後に見つかった未発表作品で、完成か未完成かもはっきりしていなかった。「サイコ」で有名なブロックが結末を書き足して出版されたということだが、どこからブロックの手になるのか。浮世を離れた灯台にやってきた一人の男が、孤独な日々を勝ち取るまでがポーの文章だ。ここで終わりだとするとオチらしきものが一切ない。あるいは自由気ままな日々を勝ち取った男の物語を、後半のブロックの文章が狂気に満ちた物語に変えてしまう。これこそが「ポーらしい」とばかりに…。

[一滴の血 コーネル・ウールリッチ]

 なんというかトリックうんぬんよりも、人一人を殺したにしては冷静に死体の始末に専念する主人公の若者が、警察にトリックがばれたらばれたで、これまた冷静に身の処し方を一瞬にして覚悟してしまうドライなタッチが不気味だった。まさにウールリッチらしい。

[選ばれた者 リース・デイヴィス]

 この短編集の中で一番の長編だ。だが、長いくせにつまらない。無駄に文章を飾り立てているので読みづらいし、登場人物たちの心理描写とは何の関係もない飾り立てが多いのだ。そもそもが最初の著者紹介で、著者が「ホモセクシャル」だと明かされている以上は、この粘着質な文体が何によるものなのかは考えるまでもない。

[長方形の部屋 エドワード・D.ホック]
 密室トリックの一変種かと思ったが、そうではなかった。「長方形」が〈何を意味するのか〉というところに、スパイスが一段と効いている。ミステリーというよりは、切れ味鋭いショートショートの傑作という感じだ。

[ジェミニイ・クリケット事件 クリスチアナ・ブランド]

 クリスチアナ・ブランドも、またこれまであまり読んだことがない作家だった。クリスティと同時代の女性で、クリスティ同様に本格ミステリーの黄金期を支えた一人だとは聞き知っているが、そもそも英国ミステリーよりも米国のミステリーのほうに惹かれてきたせいか、手付かずにきてしまった。しかし、ここまで謎解きが上質で、その上に見事なオチを用意している周到さには舌を巻く。
posted by アスラン at 20:02| 東京 🌁| Comment(1) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
初めまして。(ネタバレですが)「百万に一つの偶然」のオチがピンとこなかったですが、牧羊犬との子供の犬が死体を発見したということでいいのでしょうか?この解釈でいいのかどうかわからないので聞いてみました。
Posted by ささ at 2013年02月25日 23:20
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