2010年06月18日

夏への扉(新訳版) ロバート・A・ハインライン(2010/4/11読了)

 オールタイムベストSFのランキングには必ず挙ってくる名作であり、SFの巨匠の一人に数えられる著者の代表作だという事まではわかる。たしか「宇宙の戦士」という作品だったかが、成長してゆく少年兵士を描いていて、ガンダムの作者にインスピレーションを与えたと、何かで読んだ記憶がある。僕がハインラインについて知っている事は、それですべてだ。当然ながら、彼の著作を読んだのも本作が初めてだし、内容(あらすじ程度でも)についてもまったく知らないままに読んだ。

 これがどんなに素晴らしいことか、SFファン、ハインラインの愛読者ならば「うらやましい」とため息まじりにつぶやくのではないか。僕自身、クイーンの「Yの悲劇」を筆頭に悲劇四部作に国名シリーズ、ライツヴィル物、晩年の作品にいたるまで、すべてを記憶をまっさらにした上で、ゆっくりとページを惜しみながら読み直したい(いや、出会いを楽しみたい)と何度願ってきたことか。それくらい、この作品は「永遠に心に残り続ける小説」だと言っていい。

 僕はなんとなく「夏への扉」が地球外の知的生命体とコンタクトをとるための〈扉〉(スターゲート)の符丁だと思っていた。アーサー・C・クラークの「オデッセイシリーズ」を除けば、苦手な宇宙物だと思ってあからさまに手を出してこなかった。そして「夏への扉」が、主人公の青年の飼い猫が、毎朝起きると探し求める扉の事であり、若さや懐かしさや安らぎといった青年と猫にとっての幸福の象徴であることが冒頭で明かされる。数十年前に書かれたというのに、今なお初めて読みに訪れた何も知らない読者に、こんなにもみずみずしく爽やかな印象を与えてくれるものかと、驚いてしまった。

 この作品のいいところは、SF臭がまったくしないか、あるいはほどよい程度にしかストーリーの邪魔をしない点にある。両親に先立たれ、猫だけが唯一の身寄りである〈私〉は、孤独と裏切りからの失意を癒すために、長期冷凍冬眠することを決意する。心残りは、親しくしている友人の娘に別れを告げずに〈旅だって〉しまうことだけだ。これは、言ってみれば「タイムトラベル・ロマンス」と言うべきジャンルの作品である。その後のいくつかのSFの常套手段が、ストーリーに入り込んでくるが、少々ご都合主義であることを除けば、素人にとって小難しい理屈も哲学もない。

 星新一の著作がコアなSFマニアから物足りなく思われた時期があったように、本作の近未来の取り扱い方は、さらっとしすぎているかもしれないが、おかげで主人公の心情に感情移入しやすくなっているのは確かだ。

 いま読むと、あるいは発表当時から、先読みしやすい伏線であるために、読者によっては結末をうすうす感じながら読み進むことになるかもしれない。しかし、それは決してこのジャンルの作品の弱点ではない。ハリウッド映画の何割かを占めるラブロマンスものが、お定まりの想像しやすい展開を用意しているように、本作でも思っているような展開が少々じらされながらも待ち受けているので、僕らはホッとさせられる。それでこそ、期待通りの物語なのだ。そのうえで、主人公の屈託のない独白に心が安らぐのは、主人公とともに案じてきた猫さえもが、紆余曲折のあった主人公の目の前に姿を現してくれる事が途中から分かるからだ。

 本当を言えば、彼と猫とのプラトニックなロマンスを描いた物語だと言えば、未読の読書好きの何%かは、いますぐにでも本書を探し求めるのではないだろうか。
posted by アスラン at 13:06| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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