2010年06月14日

鉄塔武蔵野線ウォーク(その16)

[68号、68−1号、68−2号、68−3号鉄塔]
(69号結界)
…しかしわたしたちの目を奪ったのは69号鉄塔ではなく、69号鉄塔のすぐ近くに立ち並ぶ次の鉄塔群の異様さだったのです。(P.105)

 69号鉄塔下から次の68号と思われる方向を臨む見晴とアキラは、鉄塔群の異様さに度肝を抜かれる。これまで鉄塔は一定ではないがある程度の間隔をおいて姿を現すので、ビルなどが建つ街中では次の鉄塔がみえないし、畑などが続けば遠く森の向こうから頭頂部だけがのぞくことが多かった。ところが、あきらかに69号鉄塔から先は畑が増えるにも関わらず、目の前には多すぎるほどの鉄塔が隣立しているのだ。

 この見晴とアキラが呆然とする光景をグーグルマップのストリートビューで簡単に追体験することができる。志木街道を渡り、69号鉄塔にたどり着いても目線はすぐに前方に奪われてしまう。しかも近づくにつれて、武蔵野線の鉄塔だけでなく新座線の鉄塔も視界に入ってくるので、もう鉄塔がギュウギュウ詰めになっているような感覚だ。

 見晴が即座に気づいたように、これらの鉄塔はいずれも変則型の鉄塔で、形がすべて一様ではない。見晴の用語では〈婆ちゃん鉄塔〉と呼ばれている。「女鉄塔に近い」けれど、「なにかごちゃごちゃして年寄りみたいだろ?」と見晴はぬけぬけと語るが、アキラの戸惑い同様、僕ら読者も見晴のネーミングセンスに感心したりはしない。ただ「ゴチャゴチャ感」は写真や文からよく伝わってくる。

 見晴とアキラは69号鉄塔の結界にメダルを埋める作業をかわりばんこにやるやらないで喧嘩になり、逃げ腰のアキラの態度に業を煮やした見晴は有刺鉄線に引っかかってケガをしてしまう。

(A地点)
わたしは変電所の正門に腰を下ろし、口を尖らせ黙っていました。アキラはわたしから少し離れ坐り、落ちついた石でL字溝のコンクリートの表面をこすっていました。(P.108)

 仲たがいした二人は、行く手をはばむように建つ変電所の正門で小休止する。作中は「真賀田変電所」と呼称されるが、実際は「東京電力(株)新座変電所だ。武蔵野線は、この新座変電所の敷地内を、むかって左側をぐるっと回るように迂回させられている。

(B地点)
 変電所の角で、武蔵野線の送電路は、長身変則型鉄塔の上部3段の腕金によって、直角右方向に曲げられていました。見上げる長身変則型鉄塔は、腕金と碍子連と電線が複雑に絡み合い、これまで見てきた如何なるものにも形容できそうにありません。(P.110)


 じつは、この変電所の光景には新座線の電線と鉄塔が含まれていて、いっそう二人の混乱を究めさせることになる。69号鉄塔の次から現れた4つの婆ちゃん鉄塔は順に68ー3、68ー2、68ー1、68号鉄塔と表示されていることがわかり、ようやく見晴は枝番の鉄塔が、あとから作られたことに気づく。ここらへんの事情は本文からでもよくわかるが、新潮文庫版から付け加えられた鉄塔配置図(P.125)に詳しい。

 そして僕らがたよりのグーグルマップを見ると、さらに見晴の推測どおり、ここがかつて畑で、69号と68号を結ぶ送電線は直進していたことは、一目瞭然だ。変電所の周囲はほとんどが畑だし、68ー3号も68号も、武蔵野線が69号まで直進してきた方向の延長線上にきちんとのっているからだ。

 ストリートビューで変電所をぐるっと半周する。右手は変電所の柵で左手は畑だらけ。右を見上げるだけで、武蔵野線の鉄塔の偉容を真上に見上げる事ができる。

 ここで見晴とアキラの冒険初日は終わりをつげる。自宅に帰って確認すると地図で3kmぐらいの道のりを歩いたに過ぎない。見晴とアキラは翌日朝から自転車に乗って鉄塔探索を続ける事になる。

鉄塔武蔵野線ウォーク14.JPG
posted by アスラン at 12:47| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄塔武蔵野線 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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