2010年06月03日

怪人二十面相・伝 北村想(2009/01/19読了)

 名探偵明智小五郎が最初に登場したのが、団子坂の古本屋で起きた事件だ。語り手の青年が向かいの喫茶店から「冷やし珈琲」を飲みながらじっと見ていたにもかかわらず、何者かに古本屋の奥方が殺されてしまう。同じく喫茶店に居合わせた怪しげな男は目撃者でもあり、青年の目からは容疑者としても映る。

 その怪しげな男・明智の描写はかなり鮮烈で、従来の勧善懲悪の世界に釣り合う〈正義の代弁者〉という雰囲気はかけらもなかった。しかも語り手の青年と行きずりの男という関係が象徴しているように、きたるべき時代の都市型犯罪に辣腕をふるう探偵にふさわしく、希薄な隣人関係と、密室における濃密な嗜虐趣味に対して、人一倍理解が行き届いている。みずからもいちはやく海外生活を経験してスノッブな個人主義の意匠を身にまとう。

 探偵として華々しく看板を掲げる頃には、明智小五郎は助手兼秘書の少年を手元におき、当時の都市生活の最先端のモードであった同潤会アパートに住まいを定めた。いったいどこからそのような費用を捻出できたのだろう。ちょっとうがった見方を好む読者ならば、そのことに怪しむに違いない。

 実は、その答えが本書に書かれている。明智なる人物は詐欺師のような悪党であり、自らをプロモートして富裕層に取り入り、犯罪のタネを仕込んでは彼らの不安をあおり、その上で見事に解決してみせる。団子坂の喫茶店で青年が怪しんだのには、無理からぬ根拠があったのだ。

 一方で明智小五郎のライバルであり、幾度となく彼を窮地におとしめることになる世紀の大怪盗「怪人二十面相」にも、出自に大きな秘密があった。特に江戸川乱歩が描くことになる二十面相は2代目であり、かつては母に見捨てられ、父も不遇の死を遂げ、天涯孤独の身になった少年が、サーカスで身につけた技と処世術とで、なんとか一人前の大人へと成長する。彼は軽業を最初に教えてくれた恩人が怪盗二十面相に身をやつしているのを知り、彼の無念の死に引き寄せられて二代目となる事を決意する。

 スターウォーズサーガのようなドラマチックな物語ではない。しかし、善と悪が単純なものではなく、やむにやまれぬ時代に生まれて背負った宿命というものをたくみに原作から膨らませながら、古くて新しい「二十面相」伝を作り上げた作者の着想と力量に拍手を送りたい。
posted by アスラン at 13:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/152019031
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。