2010年05月14日

魂の重さは何グラム?−科学を揺るがした7つの実験− レン・フィッシャー(2009/12/6読了)

 1オンスの3/4とはどのくらい?答えは21.3g。これが人間の魂の重さなんだそうだ。かつてある科学者が、死の瀬戸際にある人間の体重を計測したところ、息を引き取ったとたんに体重が減少したと実験で確認した。それが21.3g。当然ながら当時の新聞で取り上げられ、センセーショナルな反響を引き起こした。

 魂が21.3gという具体的な数値に換算されたということよりも、こんな実験が許された時代だったことに、今の僕ら読者は驚くのではないだろうか。もちろんそんなのんきな感想をもてるのも、今さらこの実験結果を真に受けるほどの迷妄から現代人はまぬかれていると信じているからだ。

 それは、僕らの時代が当時よりも人間として進歩しているからではない。それよりも、今があらゆる情報を即座に受容できて、さらには取捨選択できるという社会環境の変化によるところが大きいだろう。現代においても、魂の存在を信じている人間の数が当時よりも圧倒的に減ったわけでもあるまい。

 ただし本書で書かれていたが、この実験結果に反発したのは経験科学を信奉する科学者ばかりではなかった。宗教家たちもこぞって反発した。なぜなら霊魂とは実体化できないものだからだ。それに21.3gなどという畏れおおいラベル付けは不要なだけでなく不遜なことでもある。

 結局、実験時の室温と肉体の体温との差異から対流が起こったというのが、魂の重さの正体とされている。著者は失敗や誤りの例として魂の計測実験をとりあげているのではない。結論に誤りはあったが、この実験を行った科学者のアプローチも結果の取り扱いも、しごくまっとうなものである。科学というものがいかに合理的な手法で、ときに宗教的世界観や常識と反するとしても、果敢に事実を見いだそうとするかのお手本として紹介しているのだ。

 この「常識に反する」ということは、時に「科学的常識に反する」ことをも意味する。科学者は実験によって「科学的常識」に疑いのまなざしを向け、誤りを見つけ、常識を更新していく。たとえばニュートンとヤングの〈光の回折〉に関する対立も、まさにそうだった。ヤングは、ニュートンを物理学の父(神)とあがめる信奉者たちの誤った信念に、一人立ち向かわねばならなかった。

 それ以外に7つのエピソードが本書ではとりあげられる。一つひとつはそれぞれおもしろく読めるのだが、全編を通して著者が言いたかったこと、書きたかったことが僕の胸に伝わったかというと、少々疑問だ。僕としては、いや奇妙なタイトルに飛びついた読者のほとんどが、科学がとりあつかう対象の奇妙さを端的に理解させてくれる実験の数々を紹介してくれるのだと思っているだろうが、実は「魂の重さ」のようなエピソードは別格で、以後は科学史の中での「驚くべき真理」を明らかにした歴史的実験を紹介するにすぎない。

 科学史のエピソードをとりあげた本としては結構満足がいくが、呼び込み(タイトル)の奇抜さに牽かれた読者からは「看板に偽りあり」のそしりを受けることになりそうだ。
posted by アスラン at 12:35| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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