2010年04月06日

ソウル・コレクター ジェフリー・ディーヴァー(2010/3/6読了)

 「リンカーン・ライム」シリーズの第何作になるんだっけ?それにしても長い付き合いになった。あの「ボーン・コレクター」での衝撃的な登場が今から考えると懐かしい。なにしろ自殺願望を抱えた探偵など初めてお目にかかったからだ。

 しかし「自殺願望」という破滅型のヒーローという点は、シャーロックホームズの正統な後継ともいうべき特徴の一つと言えるかもしれない。ホームズにしても、あまりの日々の退屈さから、モルヒネなどの薬物に溺れている。いや、正確には溺れることなく自覚的に薬を常用するのだが、時代背景を意識した作者コナン・ドイルが単なる思いつきで付与した悪弊はかなり極端だったため、読者に強烈な印象を与える事に成功した。

 探偵に与える個性としてはこれ以上のものはないと思えるが、今やこの手は使えまい。薬に身を滅ぼさない人間などいやしない。これは名探偵の並々ならぬ強い意志の手に負える範疇ではないと誰もが判っている。そこで著者ディーヴァーは、さらに極端に究極と言ってもいい個性を探偵に与えた。四肢全体が麻痺して親指しか動かせず、もはや自慢の捜査能力も活かすことができずにあえて死を選びとろうとする主人公ほど、究極な安楽椅子探偵はいないだろう。

 しかし、その彼も今や生きること、生き延びることに力をそそぐまでに時は推移している。相棒であり私生活のパートナーでもあるアメリア・サックスにしても、年頃の娘の母親代わりを引き受けては、かつては活かしようがなかった母性を発揮して頭を悩ませている。

 では是何事もなく無事な日々を過ごせるかと思えば、そうはいかないのがディーヴァー作品の常である。著者の飽くなきエンターテイメント精神は、ライムたちへの手綱をゆるめることを知らない。今回もいきなり、ライムは自分の従兄弟の無実を立証することに時間をとられることになる。かなり瀬戸際の状況であるにも関わらず、「多すぎる証拠」がすべて完璧に用意されている事に疑念を抱いたライムたちは、そこに究極の犯罪者の存在をかぎとる。

 つまり、偽の手がかりを警察につかませる事によって、犯した犯罪の犯人までねつ造してしまう手強い相手が今回のライムたちの相手だ。犯人によって無実の罪に陥れられたのは、ライムの従兄弟だけではない。犯人が手口を事前に試すための練習台として選ばれた男は、会社を奪われ、家族を失い、人生を台無しにされた。狂気の人となった男は犯人を「神」と呼び、自らを旧約聖書の「ヨブ」になぞらえる。だが、なぜどうやって犯人は「神」になれるのだろう。そこにはある巨大な情報収集会社がキーとなってくる。そして、犯人の持つ絶大な力によってライムたち捜査陣も壊滅的な状況に追い込まれる。

 今回は「魔術師」のときのような派手な演出はないかわりに、ストーリー展開にまとまりがあって安心して読める。それでいて、またしても身近な人間が危険に絡めとられるのを、読者である僕らはたまらない気持ちで見守るしかない。本シリーズは「読む者を楽しませると同時におびえさせる」一級のサスペンスでもあるのだ。

 本作では身近な人間の死だけでなく、サックスの大事なものが犯人のせいで失われる。あの愛車カマロだ。ながく物語を彩ってきたカマロは、一刻を争う場面でなくてはならないフルチューンのスペシャルカーであっただけでなく、亡き父を慕い、癒しがたい孤独を堪え忍ぶサックスの友でもあった。

 代わりに乗る羽目になるのが日本車で、改造車に乗りなれたサックスの揶揄が当然ながら入る事になるのだが、それがなんとトヨタのプリウスだ。おそらくは、現在のトヨタの窮状など想像もしなかった時期に原作は書かれたのだろう。まさに傷口に塩を擦り込むような仕儀となった。同じ日本人としては踏んだり蹴ったりのトヨタにちょっと同情したくなる。

 ちなみにサックスの揶揄する点は、安全性第一の日本車にはフルチューンした愛車カマロのようなアクセルを踏み込んだ時の反応の良さのかけらもないという点にある。要するに飛ばし屋としてイチャモンをつけたわけだ。ところが今や、その当時はあったはずのトヨタ(=日本車)への安全神話がゆらいでしまったのだから、なんとも皮肉なことだ。
posted by アスラン at 12:58| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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