2010年03月18日

鉄塔武蔵野線ウォーク(その13)

[71号鉄塔]

 72号鉄塔がある空き地の西側は、運送会社の敷地が連なっている。トタン塀越えると、まずそこに進入することになり、それから舗装路に出ることになるはずだが、本文には記述がないのでよくわからない。僕らは空き地の正面からもと来た道を戻って右折することにしよう。

 鉄塔を目指して直進したいところだが、民家の上空を送電線が通っていくので、見晴たちもやむなく舗装路を直進していく。
(A地点)
 わたしたちは住宅地を抜けて、閑散とした舗装路へ舞い込みました。(P.86)


 舗装路ぞいに金網に囲まれた大きな森が見えてくる。有名な平林寺の境内林なのだが、この時点では見晴たちは気づいていない。左に折れて、姿が見えなくなった鉄塔を求めて歩いていくと、送電線が森の中に消えていくのが見えてくる。

 地図では東側のはじに平林寺が見える。参道はさらに東側で、そこに入り口があるはずだ。一方、電線のくぐった少し先には境内の遊歩道の出口と思われる扉があるが、非常口らしく普段は閉ざされている。

 迂回するのが面倒で、見晴たちは金網を乗り越えて進入する。僕ら鉄塔ウォーカーはきちんと入り口から入場しよう。入り口は東側にあるので、かなりの回り道をかく覚悟しないといけないが、おそらくは境内林の遊歩道を歩くのは自由だろうし、道からそれて71号鉄塔を探しに林を分け行っても文句を言われることはないだろう。

(B地点)
 森野中では、木の葉が空を詰め塞いで、電線が何処を走っているのか追跡できませんでしたが、わたしは塀を乗り越えてから電線の真下を直進してきたつもりでした。(P.87)


 問題は、森と言っていいほどの境内林の混み具合なので、見晴たち同様になかなか鉄塔が見つからないかもしれない。ここはやはり、見晴が塀(金網)を乗り越えたあたりの非常口を探して、送電線の方向を確かめつつ、入るのが良さそうだ。

 ちなみに、まだ親と同居していたころに近場のドライブで平林寺に行った記憶がある。平林寺本堂の裏手にある「松平伊豆守墓所」も、なんとなく覚えている。この松平伊豆守は、徳川家康や秀忠をささえた徳川家老衆きっての切れ者だ。そのほかに徳川家ゆかりの墓があったと思う。なぜここに伊豆守の墓があるのかは寺の由緒をひもとかねばならないが、これはまた別の機会にゆずろう。

 71号鉄塔は「男鉄塔で、中段の腕金が他の2段より張り出した標準型」(P.81)と描写されている。なんとなく3段の腕金はすべて長さが同じというイメージが強いが、著者によるとこれは「都会的な鉄塔」であって、本来は71号鉄塔のようにまんなかの腕金が長い方が標準なのだそうだ。これからこの「標準型」が多数姿を現すことになる。

 すこし、見晴たちに先回りして、平林寺沿いの舗装路をすすんでいくと、左手に地図からは卵形に見える奇妙なエリアがある。最初は霊園かなぁと考えて「墓地(?)」と地図に記入したのだが、よくよく考えてみれば平林寺檀家の墓所なのかもしれない。航空写真ではぼつぼつと点状になにがか配置されている。

 だから霊園かと思ったのだ。ストリートビューで見ると、なんのことはない。平地に木が整然と植えられている。入り口は扉で閉ざされていて、なにも標識がない。いったいなんだろう。こればかりは歩いて確かめるしかないんだろうなぁ。

鉄塔武蔵野線ウォーク11.JPG
posted by アスラン at 12:41| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄塔武蔵野線 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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