2010年03月16日

生れ出づる悩み 有島武郎(2009/10/14読了)

 昔からよく聞き知ったタイトル、聞き知った作家名。なのに読んだことはない。そもそも有島武郎の作品の一つとして読んではいない。何故かと言うと、作家活動が短くて作品もそう多くないからというのが一つの理由だろう。名作と謳われる作品は「カインの末裔」や「或る女」など数点のみで、作家として名をなした5年程度で筆を折って牧場の経営者となり、さらにその一年後には人妻と心中をしてこの世を去ってしまった。

 この何ともはた迷惑な生き方は、ご存じのように白樺派という当時理想的な社会を夢抱き、ヒューマニズムに裏打ちされた芸術を生み出すことを理念とした作家集団には珍しくない生き方と言える。高々45歳で亡くなってしまった彼の理想と現実を反映した著作は、この「はた迷惑」をも顧みず、自らの信念と向き合うきまじめさと、白樺派メンバーに共通するどこか浮世離れした生まれの良さとにつきあえなければ、ちょっと勘弁してくれと言いたくなるような雰囲気がまとわりついている。これまで読まなかった、というより近づかなかった理由はそんなところにあるのかもしれない。

 今回読んでみての印象としては、非常に読みやすく文体がしっかりしている。おそらく同じ白樺派の仲間である志賀直哉や武者小路などと比べても一番文章がうまいと言ってもいいかもしれない。言いたいことがダイレクトに伝わってくる素直で良い文章だ。ただし〈癖がない〉という事は必ずしも、文芸の世界では褒め言葉にはならない。その癖のなさがかえって創作力の枯渇を補わない可能性があるからだ。そして確かに有島は枯渇を補えなかったようだ。

 本書でも、実際に知り合った当時無名の画家との交流を元にして、自らも芸術と社会改革と実生活との三角関係のバランスをどう取っていけばいいのか悩んだ挙げ句に、如何ともしがたいもがきようを、若き無名の画家の生き様に仮託しているように見える。少しばかり才能に秀でた少年の絵を褒めないであえて欠点を指摘した語り手(有島)は、やがて青白い少年から無骨な漁師へと成長した青年と邂逅する。そこには、親兄弟を養うために家業の漁師を続ける事を選択した青年の、絶望的な現実と圧倒的な孤独が存在する。

 自分が一言「東京に出て画家を志しなさい」と言えば、彼は決意するかもしれない。彼無しには生きていけない家族を捨ててでも、芸術を志すかもしれない。しかし、それでどうなる。自分が何事か人生の先達として青年を誘い、世に出る道筋をつける事は果たして可能かもしれない。しかし、それからのことは神のみぞ知る事だ。本当に画家としてやっていけるかは誰も分からない。ただ分かる事は、自分の不用意な一言で、一人の青年の人生、いや一人の青年の家族たちの運命さえも変えてしまうかもしれない。そんな大それた事などできはしないとして、語り手は呆然と立ちつくす。

 これは明らかに青年画家の事であるかに見えて、作者自身の韜晦に違いない。かつては士族であった有島家に生まれて、この世に生をうけたからには名をなさずばなるまいという出自からくる強迫観念は、絶えず作者に重荷を背負わせたはずだ。

 作家は自らの輝きを失なったときに生活に埋没する事を選択し、やがてはやむを得ない仕儀に打ち勝てず、この世から退場する事を選び取った。一方、作中のモデルとなった人物は老境に入ろうという頃に、画家として自らの人生を全うすることを選んだ。この、まったく反対の方向へと進んでしまった二人の男の運命的な出会いが、作家の死後に至って画家に自らの道を進む力を与えることとなったのならば、二人の出会いは決して皮肉という言葉で片付けられる事はないだろう。はた迷惑な作家は、死して一人の画家を生んだのだ。
posted by アスラン at 20:15| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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