さて、いよいよ問題の72号鉄塔だ。いや、鉄塔自体には何らおかしいところはないのだが、大切なものが小説には出てこない。関越自動車道の記述が見あたらないのだ。森の一画の片隅にある73号鉄塔結界から72号鉄塔を見た光景を、見晴(語り手)は次のように描写している。
(73号鉄塔結界)
それは送電線路を折り曲げて繋いだ長身の女性型鉄塔で、造成中の空地や畑の向こう側に突き立っています。(P.77)
鉄塔が、地図上の距離でここまできちんと見えるかどうかは置くとして、手前に位置する「空地や畑」が小説では見えていることになっている。僕は最初にこの記述とグーグルの航空写真とを比べ見て、関越が高架になっていて、その下から向こう側が透けて見えているものとばかり思っていた。もちろん高架の足下は人が通行可能なはずだ。
(A地点)
わたしたちは少し低くなった草叢に下りて、造成中の空地を囲んだ柵まで直進しました。(P.78)
ところが、グーグルマップのストリートビューで何度も確認したのだが、A地点で自動車道を横断するのは不可能だ。関越は地上を通っていて、両側は遮蔽板でおおわれていて横断はおろか、自動車道を覗き見ることもできない。また「草叢」に下りたところで、実は自動車道の手前に道路に沿った通行道は存在しない。
では、僕が地図に記入した赤い点線(見晴たちが通ったと思われる道筋)が嘘かと言えば、関越自動車道が存在しない事にして向こう側とこちら側をぎゅっと詰めてしまえば、関越の向こう側には道路に沿った通行道がある。とすると、点線の位置から見晴が「柵のある畑や空地」を迂回したことは間違いない。
なぜ作者は自動車道を消してしまったのだろう。「199X年」にはもちろん関越は存在している。消す必要はなかったようにも思うが、この73号鉄塔や72号鉄塔は、見晴がアキラに男鉄塔と女鉄塔の違いを教えようと道を急ぐところだから、物語の構成上、自動車道が邪魔だったのかもしれない。
仕方ない。現実の僕らは再び表通りに戻ってから大きく迂回して、関越の上空にかかった横断橋を渡って見晴たちと合流することにしよう。
(B地点)
72号鉄塔は長く尾を曳くように電線を後方へ屈折させながら、わたしたちが近づけば近づくほど、どんどん高さを増してきます。(P.78)
B地点あたりの右側は民家が多いが、72号鉄塔へと右折する十字路を曲がらずにまっすぐ行くと、ストリートビューでは運送会社が林立している。「住宅地の裏手の空地」に鉄塔があるという記述はどうやら作者の創作のようだ。いや、もしかしたら右折して鉄塔のある空地を通り過ぎた先が住宅地だから、そちらの裏手を意味しているのか。
(72号鉄塔のある空地)
住宅地の裏手はトタン塀に囲まれた単なる空地で、気儘に延びた雑草が犇(ひし)めいており、その中央に72号鉄塔が立っていました。(P.79)
いまでもトタン塀に囲まれていて単なる空地だ。扉には南京錠が掛かり、見晴たちは鉄門の下に地面がえぐれている箇所からすべり込む(もちろん作者のフィクションだ)。僕らは外側から見物するにとどめよう。72号鉄塔の写真(P.80)を見ると、雑草だらけの結界の写真があるから、著者は所有者に了解をとって内部をのぞかせてもらっている。見晴たちは、トタン塀を内側から補強する杭をつたって、易々とメダルを埋めて出てきた。



