2006年03月06日

隠蔽捜査 今野敏

 先日紹介した「週間ブックレビューズ」の5番打者だ。ランキングと違って打順にあまり意味があるとは思えないが、クリーンアップの一員として北上次郎さんが特にプッシュしていたので真っ先に読んでみた。これが大正解!

 警察庁総務課長・竜崎は、ある殺人事件の被害者が過去の重要事案(社会的に重大な事件)の犯人であった事が警視庁から自分のところに上がってこない事に侮然とする。

 全国警察組織を統括する警察庁に重大な情報がすみやかに届かないのは許しがたい。ましてや広報活動も総務課長の仕事であれば情報把握は不可欠。さらには官房長付きで上(官房長官)への報告もあると言うのに…と、たかだか地方警察のひとつにすぎない警視庁の怠慢を嘆く

 とにかく竜崎という男は官僚人生一筋。東大でなければ大学でないと思い込み、私大に合格した長男に東大に行けと浪人させ、上司筋の息子と付き合う長女の悩みを聞いてあげてと妻が言えば「家庭はお前にまかせてある」と言い放つ。いやな奴だ。こんな奴がまさか主人公か?

 警視庁刑事局に同期の伊丹がいる。会社で言えば向こうは部長でこちらは課長。ただし一地方警察の部長と警察庁の課長では格が違う。こうまでこだわるのは伊丹が竜崎の小学校からの幼な友だちだからだ。周囲は仲がいいと思っているが、竜崎本人は始終いじめられた記憶があっていまだに根にもっている。

 しかし伊丹本人は余裕がありひとあたりもよく、何より竜崎には昔の仕打ちを忘れたかのように親しげに話しかける。このへんで竜崎はプライドから来る思い違いをしてるのでは?と読者にも感じられる。やっぱりいやな奴だ。それより伊丹こそが主人公にふさわしいのではないか?

 それが竜崎が妻に乞われて娘の相談を聞いたあたりから読者は「あれ?」と思う。

 「お父さんは私が彼と結婚したら都合がいいか?」

と娘に聞かれて、「まあ、そうだな」と答えて娘を憤慨させ妻を呆れさせる。

 竜崎にしてみれば警察官僚として娘の結婚は出世に都合がいいに違いない。しかしそれと娘が結婚を決める事とは別問題だ。何を当たり前の事を言うのだ。だから娘には納得いく説明をしない。父親失格である

 失格にも関わらず竜崎は真面目に官僚としての出世が国を守る事であり、ひいては家族を守る事だと信じている。建前ではない。本気なのだ。つまり愚直の人である。まわりは変人と言うが本人は至って当たり前の官僚に過ぎないし、官僚として当たり前の事をやっていると思っている。

 この愚直な官僚が、警察組織を揺るがす事件と家族の問題(長男の麻薬所持・吸引)との二つを同時に抱えて、エリートコースを踏み外す事をついに決意する。ここに至るまでの過程がとてつもなく面白い。

 息子が麻薬をやっていなければ踏み外す事はなかったかもしれない。しかし息子の事件を官僚として正しく解決するために最善の道を探る事が、結果としておざなりであった親として家族に真っ正面から向き合う事になると知るのだ。

 それはすなわち事件を揉み消そうとする警察内部の腐敗とも真っ正面から向き合う事をも意味する。ここからは危機管理と言う近年耳慣れたキーワードでストーリーが展開するのだが、そう言われると嫌な奴だった竜崎というキャラクターが「連合赤軍あさま山荘事件」で手腕を振るった佐々淳行その人のような明解な切れ者に見えてくる。もちろん著者には、最初から佐々さんの危機管理への対処ぶりを念頭に置いていたのだろうが、竜崎という官僚ぶりが鼻につくキャラクターにそれをやらせるというところに、本書の工夫があり面白さがある

 もちろん現実の官僚にこんな事ができると期待してはいけない。あくまでミステリーという枠組みの中でのフィクションである。ただし横山秀夫が描くノンフィクションかのような緻密な警察小説の結末がやりきれない現実を反映しているとすれば、この爽快さは得難いものだ。

 特に息子に始めて向き合って正しい道を教え諭したあとに、糟糠の妻から掛けられる言葉は本書のひとつの山場だ。警察庁官僚もかたなしな一言だが、竜崎ともども読者には得難い爽快さが待ち受けている。
(2006年3月3日読了)


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