2010年03月02日

永遠の1/2 佐藤正午(2010/2/3読了)

 最近出版された「正午派」に、たしか「仕事あります」という短文が掲載されている。著者は「永遠の1/2」のオリジナル原稿を当時あてどもなく書き連ね、審査条件のページ数の上限を大幅にこえているにもかかわらず、「まぁいいや」で集英社に送りつけ、受賞は期待していなかったが「仕事があればなんでもやるから連絡をください」と一筆添えたと言う。デビューにまつわるエピソードが語られた、とにかく著者らしい短文だった。

 確か最初につけたタイトルがなんでもとっても変なタイトルだった。すでに思い出せないくらいのタイトルで、今のに比べるとどうしようもなく売れそうにない。そう言えば「豚を盗む」といタイトルも、佐藤正午という作家をよく知った読者でなければ、「なんだかなぁ」と思うのではないだろうか。それよりもひどいタイトルだったように思う。

 当然ながら、オリジナルの仮タイトルは却下され、今の見事なタイトルになった。それで〈大いなる勘違い〉をしでかすバカ者が現れる。僕のことだ。こういうタイトルの韓国映画がなかっただろうか。また、たとえなかったとしても、なんだかありそうで、この場合の「永遠の1/2」とは、運命の絆で結ばれた男女を1とみた場合の互いの事に違いない。うーん、なんてロマンチックなんだ。もしかしたら片割れは早々に不治の病に倒れて亡くなってしまい、それでも時を遡るか、あるいはゴーストとなって再び相まみえるラストが心に残る。あぁ、いい映画(ドラマ)だったなぁ、と。ね、ありそうでしょ。

 いまから思うと、どうしてそんなことになったかは明らかだ。僕が佐藤正午という人物を見損なっていたからだ。最近でこそ、自堕落でおよそ結婚にむかない身勝手な男を主人公にした一連の作品で、僕ら同性の読者を惹きつけてはいるが、今どき女性読者に読んでもらえなければ流行作家として生き残れない以上、かつては甘いラブストーリーを書いて人気をとったに違いない。そうだ、そうにちがいない。「永遠の1/2」に代表される〈恋愛小説家〉という肩書きが、かつては似合っていた作家だと、そう思いこんでいたのだ。

 では、はっきり言おう。「永遠の1/2」というタイトルは、本書にはどうしたって似合わない。そういうロマンチックな話ではないのだ。おどろくべきことに佐藤正午という男は、いや作家は、その処女作から、自堕落な男というと言い過ぎかもしれないが、少なくとも失業している事に引け目を感じることなく、別れた女からさんざん定職につかないことを責められても、競輪で収支がプラスになるセミプロぐらいのギャンブル生活を続けるような男を主人公に据えた小説を書いていたのだ。

 そしてやっかいなことに、自分とうり二つの姿形をもち、彼と同じようにギャンブル好きの男が、同じ競輪場に居合わせている。自分の父さえも見間違えるくらい外見は似ているが、性根の部分はひどく違っている。詐欺師のように回りの人につけいり、人の女に手を出し、勤め先のバーの勘定を持ち逃げして雲隠れする。そのせいで、主人公はなんども男に間違えられ、そのたびに窮地に立たされる。

 山本文緒の「ブルーもしくはブルー」という、SFっぽい設定でうり二つの女性がでてきた作品があったが、あの二人の女性は互換可能で、互いの人生で生きなおそうとするが、ここで描かれる主人公は決してもう一人の男をうらやんだりはしない。一方的に迷惑を被り、文句の一つも言いたいが、やはり興味には勝てないので、一度会って話をしたいと思っている。最後の最後には相まみえるわけだが、それでどうなるというわけではない。そもそもが、そういう話ではないのだ。

 では作者のねらいはどこにあったかと言えば、〈佐世保〉という地方都市で暮らす作者が、同じく地方都市の財源を潤す〈競輪場〉を中心に据えて、「失業してからツキがまわってきた」とつぶやくような呆れた男の物語を書いてみせたにすぎない。作者にとって佐世保という土地がいかに住み心地よいか、競輪というスポーツ(ギャンブル)がいかに重要な人生の一部であるか、さらに言えば競輪場という空間がいかにかけがえのないところなのかを、一つの物語を紡ぐことで証明してみせたというわけだ。

 例えば文庫本3冊にもわかる波瀾万丈のロマン小説の帯に「こんな小説読んだことがない!」などと書かれるのが常だとしたら、明らかに本書も帯に同じ惹起を飾る資格があるはずだ。ただし波瀾万丈でも大河ロマンでもないけれど。そして、それでこそ佐藤正午という作家らしいデビュー作だということになる。
posted by アスラン at 19:30| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。