2010年02月17日

凍りのくじら 辻村美月(2010/2/10読了)

 辻村作品はこれで3作目だ。毎回、学校という閉鎖的な空間と、これまた閉鎖的な家という空間、さらには田舎町(地方都市)という、ぬるくもあり忌まわしくもある空間で、自らの居場所に対してきわめてナーバスでクールな感覚を持ち合わせている少年や少女の物語だ。

 僕は「ぼくのメジャースプーン」「名前探しの放課後」を続けて読んで、次に本書を選んだ。もちろん、この3冊を含めて辻村作品のどれから読んだとしても独立した話なので楽しめるはずだが、この3作に関する限り(そしておそらくは他の作品でもそうなのではないかと疑っているが)、それぞれの登場人物が別の作品に顔を出したりする。さりげなく、ではあるが。

 これらの作品に描かれる田舎町は、どれも同じ地方都市であることがわかる。そういう意味では時系列的に、というより出版年が早い「ぼくのメジャースプーン」「凍りのくじら」「名前探しの放課後」という順序で読むべきだったかもしれない。でも、行きつけの武蔵小杉駅近くの書店では「メジャースプーン」と「名前探し」を並べて平積みにして、ご丁寧にPOPが立ててあり、「『メジャースプーン』から読むことをオススメします」と書かれていたので、オススメに従う事にした。まあ、図書館で予約した際に「名前探し」は少し待たされるとわかったから、都合がよかったのだけれど。

 このような作品間で、映画で言うところの〈カメオ出演〉する趣向は珍しいものではない。京極夏彦の京極堂シリーズ(百鬼夜行シリーズ)では、以前の事件の関係者が登場したり、ほんの端役だった人物にスポットを当てた短編が外伝として書かれたりする。これは作者の律儀さとサービス精神を物語るもので、なかなかにファンの興味をかき立てる。僕などは「さりげなく」現れたその人が、時が経過して姿を変えてしまっていたりすると、もう一度、以前の作品に立ち返って、どういう人となりだったか、どういう役割だったかなどをひととおり確認したくなってしまう。つまりは再読の罠に陥りやすい。京極堂シリーズなどは、本編のページ数が桁外れなのにもかかわらず、何度立ち戻って再読したことか。

 辻村ワールドでは、作者は京極夏彦のようには旺盛なサービス精神を持ち合わせてはいないが、自らがこだわる閉鎖的な空間を作者の世界観で染め上げるためには、あえて必要不可欠な行為なのかもしれない。この「こだわり」が影響しているのか、それともそうとしか書けない(あるいは、そのようにしか書きたくない)のか、少なくとも僕が読んだ3冊は、いずれも作品を彩る空気感がきわめて似通っている。そればかりか、主人公の心象風景も似通っているのだ。

 最初に「きわめてナーバスでクール」という、一見相反するような性格を、辻村ワールドの少年少女たちがそろって持ち合わせていると書いたが、これには理由がありそうだ。主人公で語り手となる人物のほとんどが、閉鎖空間としての「地方」「学校」「家」において、自分の居場所を微妙に失っている。喪失感や疎外感といったものが、こころの奥底の一部を占領している。それが家族との結びつきから本質的に生じているからこそ、対人関係ではナーバスすぎるほどに、他人に対しての感覚がとぎすまされている。

 一方で、自分に対しては無頓着で、内面にやどったいびつさを見過ごす事しかできない。クールに見えるのはそのせいだ。本書のヒロインも、自分を含めて身近な人間に「Shukoshiなんとか」というラベリングを施す事で、他者それぞれとの付き合い方をラベルに見合った自分なりの付き合い方(言わばマニュアル)でやり過ごそうとする。生身の人間を侮らないほうがいいと忠告されるのだが、聞く耳をもたない。

 こういう人間は一度痛い目をみないとわからないのだと、僕ら読者は読んでいて思うのだが、彼女の侮りはいっこうになおらない。もちろん直すわけがない。ここには作者の世界観、人間観が反映していると同時に、こういったナーバスな人物が自ら呼び込む事になるカタストロフィが目の前に迫りつつあるという不穏な雰囲気が、遠くどんよりとした雨雲のようにみるみるうちに広がっていくからである。

 メフィスト賞を受賞してミステリー界に華々しく登場した作者は、やはりホラー畑に住む作家であり、恐怖と感動は同じ人間の同じこころに棲む事をよく知った戦略家でもある。僕らはけっしてハートウォーミングには見えない辻村マジックに浸りながら、恐怖に隣り合わせに潜んでいる宝石のかけらを見つけようとして、また彼女の作品を読むのだ。
posted by アスラン at 13:05| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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