2010年02月15日

面白南極料理人 西村淳(2010/2/13読了)

 北海道札幌生まれ、紋別市勤務の著者が二度目の南極越冬隊に参加する事がきまってからのくだりに、僕は唖然とした。上京して飯田橋の厚生年金病院で精密検査をすると書かれていて、まずびっくり。僕の通院している長年お世話になっている病院ではないか。それだけでなんとなく親しみやすい本に思えてくる。

 次に、夏から南極観測隊のスポンサー「国立極地研究所」に詰める事になるのだが、ここは文部省所属の大学院大学なのだそうだ。そんなことは今の今までよく知らなかった。と言うのは、実はこの施設をずっとずっと以前からよく知っているからなのだ。

池袋のすぐ隣町の板橋に籍をおき、都営地下鉄三田線の板橋区役所前で降りて商店街をトコトコ歩いていくと、結構広い前庭を持った六階建ての建物が現れる。(単行本P.13)

 もう、感極まるとはこのことだ。こんなローカルな事をよくぞ文章にしてくれたと思うくらい、地元を代表して御礼を言いたい。僕の生家の風景にかすっている。「池袋のすぐ隣町」とわざわざ表現しなければ伝わらないくらい、「板橋」(これは板橋区の事ではなく、板橋区板橋の事だ)という地名が世に出る事は少ないからだ。

 さらに本書の終盤あたりでもう一度、板橋の事が話題にのぼる。それは隊員の一人の誕生会で、当人が「栗ご飯が食べたいけれどムリだろうか」というリクエストに応えて、キムタク主演のドラマでのバーのマスターのように「あるよっ」とは言わないまでも、ちゃんと調達しておいた著者の用意周到さには舌を巻くが、「極地研の近くの何とか公園」で調達ならぬ「がめた」と書かれていて、これまた興味津々。

 どことは特定されていないが、あの周辺には大きな公園がいくつかあり、金沢小学校および板橋第五中学校を卒業した僕としては、なんとなく「あそこかなぁ」と推測できて楽しかった。ちなみに、極地研の建物は、僕が中学生になった頃に作られた記憶がある。極地研のウェブサイトで沿革をのぞき見ると「1973年9月29日『国立極地研究所』創設とある。うーむ、ちょうど11〜12歳ぐらいだから、結構あたっているぞ。

 結婚して立川に越してしまってからも、そこに相変わらず根づいていたようだが、つい最近になって僕のあとを追うように立川市にやってきた。昨年の市民祭りでテント下で出店していたので、懐かしくなってついペンギンの剥製を魚に研究所の方をお話してしまった。いやはや、なんとも縁がある。

 さて、公務員にして料理人、作家としては全くの素人の著者の文章は、内容の物珍しさが手伝わないと最後まで読むのはややつらいところはあるが、南極の生活、しかも昭和基地のようなメジャーな施設ではなく、さらに1000kmも離れて標高も3800mに達する「ドーム基地」に9名だけで暮らす事の過酷さにあてられて、最後まで読み切る事ができた。

 もちろん9名の男所帯で、しかも水が1日たったの2000リットルしか使えない生活は予想以上にすさまじい。風呂は24時間循環式で一週間に1度、掃除の際に水を換える。だから温泉でもないのに、かなりの硫黄臭がする。「絶対口に水を入れるな」とのお達しで新参者の9名は最初から度肝を抜かれる。それくらい、ドーム基地はせまくて汚い上に、平均気温はマイナス57℃、最低記録気温マイナス79.7℃という世界。なのにドーム内の室温は平均20度なのだ。考えただけでも身震いがする。

 そういう激烈な環境で、楽しみと言えば「食べる事」しかない。最初から不思議だったのは、何故彼らはこんなにも贅沢な食材(海の幸、山の幸は当たり前。松阪牛などのブランド肉や、蟹・海老・ウニなど、ありとあらゆる冷凍保存可能な食材)をそろえ、毎回豪勢なメニューが食卓に並ぶ(ように見える)。これはよっぽど極地研が金持ちなのかとも思ったが、読み進めていくうちに分かった。かれらはすさまじい環境のもとで、余暇を楽しむ場所もなく(だってコンビニも映画館も飲み屋もない)、一年間を観測業務に明け暮れるのだ。

 しかも同時に生活上の雑事も分担して行わねばならぬ(家事一切をしてくれる人はいない)。ところが標高が高いため、空気は薄く、なかなか雑事は思うように進まない。時に命がけの作業になる事もある。さらに言えば、こららはすべてサービス残業(要するに「ただ働き」)らしい。余分な給料は出ない。あっても使い道はない。ただ研究者たちは自らの好奇心だけで、一年間の辛い過酷な生活をやり過ごさなければならない。

 彼らの気力をつなぎ止めるのが「美味しい食事」だけだとしたら、それはたった9名分の事。安いものだと上の人は考えたのかもしれない。その内情はよくわからないが、とにかく毎回のようにおこなわれる宴会のために、著者が頭と腕をふるう料理との格闘が面白い。詳しくは本書を直にあたってもらいたいが、一例を挙げればドーム外で開催されたジンギスカン大会などは、焼けたら躊躇なく口に運ばねば、再び一瞬のもとに肉は凍り付いてしまうのだ。いやはや、なんで外でやりたがるのだ、彼らは。

 ただ、思ったことが一つ残った。映画化の話題に触発されて図書館に予約してまで読んだ本書だが、映画「南極料理人」の主演が堺雅人だった事も、原作を読む気になった理由の一つなのだ。でも著者は彼とは似ても似つかない豪快なオヤジだった事が、正直言って一番驚かされた。どうして堺雅人なの?
posted by アスラン at 19:42| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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