2006年03月04日

演出家・久世光彦さん逝く

 「時間ですよ」の演出家・久世光彦さんが亡くなられた。つい最近「寺内貫太郎一家」のDVD BOXの発売を記念して出演者たちが勢揃いしたという話題をテレビでやっていたので、懐かしいなぁと思ってた矢先の死去だったので驚いた。

 それにしても先日の脚本家・佐々木守さんの死去といい、「警部マクロード」や映画「激突!」の主演俳優・デニス・ウィーバーといい、70年代にテレビにかじりついて子供時代を過ごした僕にとって寂しいニュースが続いている。その中でも、久世さんには感謝してもしきれないほど楽しませてもらったように思う。

 特に「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」「ムー」「ムー一族」といったホームドラマ、ホームコメディの分野で異彩を放った演出家だった。

 「時間ですよ」は銭湯が舞台。森光子がまだ若々しいおかみさんで、落語の若旦那風が抜けない船越英二が夫役だった。頼りない本当の若旦那が松山栄太郎。その嫁が美人だが影の薄い松原智恵子という絶妙の配役だった。

 松原智恵子は体が弱く思うように嫁の役目を果たせない。それを負い目に感じるが舅・姑である森光子も船越英二も、息子には過ぎた嫁だと思いやる。「気がね」という言葉は現代では目くじら立てて隅に追いやられるべきものになってしまったが、久世さんのドラマの世界では人が人を思いやる暖かなまなざしで包まれている事を指していた。世相は世知辛くとも人情の世界は生きていたからこそ、人は「気がね」をする。お互いの気がねが通じ合うのがホームドラマの約束ごとだった。

 僕は当時そんな事を思って観ていたわけではもちろんない。子供だった僕は堺正章の「おかみさ〜ん、時間ですよ〜」のかけ声に続くほのぼのとしたテーマソングに心躍らせたり、子供にとってはかなりエッチな女性客の脱衣シーンにスケベ心を覗かせたり、堺正章と悠木千帆(樹木希林)のやりとりをゲラゲラ笑って観ていただけだ。

 何より隣の真理ちゃんである天知真理にはまさに魅せられた。小学生の未成熟な性が初めて揺さぶられる事になる。毎回起こる騒動が一段落する終盤に必ず登場して、アパートの窓辺でギターを弾きながら歌う真理さんの存在は、堺正章が隣からあこがれるマドンナであると同時に、ブラウン管の前で観ている僕らのアイドルだった。

 ああいう形でドラマの中にアイドルや歌を平気で取り込むという演出を平気でできてしまうのが久世スタイルで、今ではあまり見あたらない。その後、第3シリーズでは堺正章の同僚として浅田美代子が新人として抜擢され、彼女が音程をはずしながら歌う「赤い風船」が爆発的なヒット曲となった。

 このスタイルは後の「ムー一族」でも引き継がれ、使用人のアイドルは岸本加世子であり、郷ひろみ扮する拓郎のマドンナが桂木文だった。余談ながら桂木文が歌った「短編小説」はさだまさし作詞・作曲の佳作で、それなりにヒットした。が、なんと言っても「ムー一族」の最大のヒット曲は樹木希林と郷ひろみがデュエットした「林檎殺人事件」だろう。

 「時間ですよ」は昭和30〜40年代の雰囲気を色濃く残した人情ドラマだったが、「ムー一族」は下町の足袋屋を舞台にしているとは言え、昭和50年代の高度成長期後の安定成長期の日本を反映して娯楽色が一段と強まった。久世さんの遊び心が全開となった作品で、ドラマであるにもかかわらず生放送の回を定期的に実施して、テレビ草創期を模倣するかのような臨場感でお茶の間(いまや死語だろうな)を楽しませてくれた。

 そういえば生放送の回は番組最後に郷ひろみが視聴者と電話して感想を聞くというコーナーがあり、当時高校生だった僕らは修学旅行先でそれを観ていた。どこかのクラスの誰かがこのコーナーに応募して当たっていると情報が流れ、騒然となってみんなでテレビを見守っていたが、何番目かで待機していたが時間切れとなり、なあんだと肩すかしを食った思い出がある。

 その後、「寺内貫太郎一家」でつきあいのあった向田邦子作品を次々とドラマ化したが、その端正でかつ切なくもの悲しい演出が光っていた。久世さんの演出の特徴は、しんみりとして人情味あふれる話だけど、べたべたしたところを感じさせない潔さにあった。

 いまさらだけど「時間ですよ」みたいなホームドラマがもう一度見たいな。無理とはおもうが。久世さん、本当に残念です。さようなら。 

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posted by アスラン at 05:03| Comment(2) | TrackBack(1) | 評論・エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 本当にご無沙汰しています。
懐かしいですねぇ・・・。
すっかり忘れていたことまで、いろいろ思い出してしまいました。
当時小学生高学年(多分)だった私にとって、「時間ですよ」は遅い時間のドラマで、両親に早く寝なさいと言われながらも家族みんなで見ていたテレビ番組だと記憶しています。
本当にこういった番組、なくなってしまいましたね。
考えてみると、今の私はほとんどテレビを見ていない。
ドラマも、昔はビデオに撮ってまでも続きが見たいと言うものがあったけれど、今は皆無です。
ちょっと流行ったトレンディーものも見てないし。
『Always 3丁目の夕日』じゃないけれど、なんか昔はよかったなぁ・・・なんて思います。
別に今に不満があるわけじゃないけれど・・・。
Posted by とも子 at 2006年03月04日 17:48
お久しぶりです、とも子さん。

テレビはまだこだわって見ている方だと思いますが、結婚して仕事・家庭・育児などに追われるようになるとめっきり歌に対するトレンディ根性がなくなりました。いまや雨後の竹の子のように現れるJ-POPアーティストについていけませんね。

 ところで昔はよかったと懐かしむ30年代40年代は僕らのノスタルジーの記憶に包まれてますが、もう10年15年遡れば終戦後の焼け野原だったわけですよね。それは当時の僕らの目から見ても同じ日本とは思えなかったわけで、今の若い人には僕らの子供時代は同じ日本とは思えないんでしょうね、きっと。
Posted by アスラン at 2006年03月07日 01:30
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■わたしの人格の85%は久世光彦ドラマによって形成された。
Excerpt: と言っても過言ではない。ほんとです。 わたしは、お笑いとレトロと不思議なことが大好きなミーハー主婦ですが、これは小学生時代に、先日亡くなられた久世光彦さんがプロデュース??
Weblog: きくらげの歯ごたえ
Tracked: 2006-03-06 23:36
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