2010年02月13日

涼宮ハルヒの憂鬱 谷川流(2010/1/26読了)

 先日読んだ「SF本の雑誌」から拾い上げたタイトルの一つが本書だ。強面のSF批評家が「あれはダメ、これはSFではない。ファンタジーもゴシックホラーも入れない」と厳しくもあいまいな物さしでバシバシと選別していくなかで、唯一無条件にランキングに入れることに同意したシリーズでもある。

 前々から聞き知ってはいた。たしか昨年の「夏の文庫フェア」で、「発見。角川文庫夏の100冊」に入っていて驚いたと記事に書いた。驚いたのは本そのものではなく、「角川文庫夏の100冊」と言いながら、「角川スニーカー文庫」からも作品を入れてしまう、角川文庫という会社のなりふりかまわぬ戦略に、である。

 それにしても、あのときさんざん見た表紙に描かれた、涼宮ハルヒらしきヒロインの女子高生のイラストからはSFだとは想像もしなかった。しかし、あの「ブギーポップ」シリーズだって学園を舞台にしたSFの一種には違いない。ジャンル分けはさておき、「ビギナーにやさしいSFとはなにか」という問いに答えてくれる作品になるかもしれない。

 そう期待して読んだところが、あら、びっくり。これってSFなんですか?どうみてもハルヒを取り巻く高校生男女の青春物としか読めない。だが、そんなはずはない。きっとSFになる分岐点がやってくるはず。と思って読み進めたら、来ました、来ました。そうか、このメガネ少女が言わば「2001年宇宙の旅」に出てくるモノリスのような観測装置だったのか。そして宇宙人もいれば、超能力者も出てくる。SFの要素がコレデモかというくらい盛られている。これは面白くなりそう…か?

 普通の何気ない、退屈な高校生活。それが少しだけ刺激的になるのは、語り手である「俺」の前に涼宮ハルヒという特異点が現れたからだ。ただし、ここから何が起きるというわけではない。シリーズは9作を数えるそうなので今後の事はわからないが、少なくとも本書に限って言えばほとんど何も起きない。変わった事と言えば「俺」が見ている日常と非日常との境界が大きく崩れた事だけだ。「それだけで十分SFなのだよ」と言える人にとっては、この小説は一つの事件なのだろう。

 つまり、SFのもつ壮大な理念やコンセプトを丸抱えしながら、同時進行で高校生の日常に起きるあれやこれやを描いていく。SFファンには堪らない仕掛けやお遊びに満ちているようだ。ただし、それがよく理解できない、僕のようにSFに不慣れな読者には、ちょっとだけ風変わりな学園ラブコメと思って読めばいいのかもしれない。でもそうは言ってもなぁ。やっぱり言ってもいいですか?

 これってSF?
posted by アスラン at 03:38| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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