一言で言えば「この人、あたま悪いんじゃないだろうか?」という思いが、ふつふつとわき上がってくるのだ。これが果たして、あの「続・明暗」を書き、さらには「本格小説」という小説家としてのある水準に到達した作品を書き上げた作家の文章なのだろうか。
どうして小説家としては面白い(もちろん決して愉快な文ではないが)文が書けるのに、学問として書く文章はこんなにもつまらないのだろう。それは、良い物をつくるアーティスティックな才能と、人の良さとは別物であることと同じなのかもしれない。
本書は最初の章から徹底的に差別的な書物である。例えばP.59で著者は「日本文学の現状が幼稚なものである」と慇懃に表現し、さらにそういう物言いに不快を覚える人たちに対して「同感してくれとは言わない」と言っておきながら、一方でこんなことを言っている。
この先の日本文学そして日本語の運命を、孤独の中でひっそりと憂える人たちにむけて書かれている。
これが、このかなりきどった言い方が真実であると言うのならば、孤独に耐えて、憂える人たちだけで勝手に憂えればいいのだ。
「今、日本語で何が書かれているかなどどうでもいい」
これほど謙虚さに欠けて反動的な思想を体現した文章はないだろう。ちょっと考えてほしい。僕らが過去の歴史に想いを馳せるときに、今ある姿が過去の人々の営為の一つ一つを下敷きにしてきたことに、誇りと敬いを感じることはあっても、今ある姿が過去をだいなしにするので、過去に戻るべきだとか、現在ある姿をやめるべきだとか考えることはない。そう考える人の事を僕らは反動と呼ぶべきだろう。
くり返すが、学問とは、なるべく多くの人に向かって、自分が書いた言葉が果たして〈読まれるべき言葉〉であるかどうかを問い、そうすることによって人類の叡智を蓄積していくものである。学問とは〈読まれるべき言葉〉の連鎖にほかならず、その本質において〈普遍語〉でなされる必然がある。(P.144)
いかにももっともらしい断定的な言葉だが、自明なことは一つとして書かれていない。どうやら、水村美苗という人は論理的に物事を考えていく事は不得手のようだ。「学問」というものが、何時の時代でも、どの国の人々でも、人類という得体の知れないものを念頭にして叡智の山に積み木を築いていくというような身勝手なイメージは、著者の心の中だけにあるものだと、よくよく考えてみればいいのだ。
先に引用した文章の勘所はどこにあるかと言えば、「なるべく多くの人に向かって」というフレーズだ。この曖昧で抽象的な言い方に根拠もなにもない。ただ単に著者が〈普遍語〉という仮象にリアリティを与えようとしているだけにすぎない。「なるべく多くの人に向けて書かれる必然」に根拠がなければ、彼女の言う〈普遍語〉でなされる必然があるという主張も腰砕けに終わる。
問うべきは、逆に、なぜこのように〈現地語〉でしかなかった日本の〈書き言葉〉が、読書人の男も読み書きする、かくも成熟した言葉になっていったかである。(P.166)
日本語の現地語が「国語」となっていった最も大きな原因として、日本がもっとも文化的な影響を受けていた中国と、物理的な距離が存在したせいだと著者は主張している。「科挙」という中国が十四世紀にわたって続けた制度に日本が取り込まれてしまえば、漢文という当時の〈普遍語〉を求心力としたイデオロギーの闇の奥に吸収されてしまっていただろう。そうならなかったことが、日本語がその後たどった言葉の成熟を生み出した。それは僥倖だった。なるほど。
どうして、こう断定できるのか。僕にはさっぱりわからない。「こうだから、こうなった」という説得の仕方なら理解可能だ。しかし「こうならなかったから、こうなった」式の論理の展開には、「こうなる可能性」をすべていちいち仮想的な因果関係で結んだ上で消去していく必要があるはずだ。その手間を考えずに直接ひとつの断定を下すのは、独善というしかない。
残念ながら三章でギブアップさせてもらおう。返却日がやってきてしまった。もし機会があれば、もう一度読み直してみよう。願わくば、僕のここまでの読解が読み間違いであって、後半の内容に真実の光がやってくる事を。



