2010年01月18日

吉本隆明1968 鹿島茂(2009/8/20読了)

 1968年というと、ちょうど僕が小学校に入学した年だ。その頃の僕にとっては、新しい居場所を見つける事が最大の関心事だった。教室の雰囲気に呑まれ、新しい同級生に声を掛けられず、初めて行ったトイレで、教室がわからなくなり帰って来られずに、担任が迎えに来るまで泣いていた。そんな激動の時期だった。当然ながら、世間では違った意味で激動の時代を迎えていた。太平洋戦争後続いたアメリカ軍の統治が終わり、米国との安保体制下で、日本は高度成長により国が急速に復興していった。

 しかし、そのきしみや軋轢はすさまじく、理不尽な社会にいち早く敏感だった当時の学生たちは、学業をそっちのけで学生運動に明け暮れた。彼らこそが日本の行く末を大人以上に案じるという、今から考えると信じがたく驚くほど「熱い」時代だった。

 で、小学生の僕にとっての巡り合わせで、僕は全共闘というムーブメントとは一切関わりあうことなく1960年代・1970年代を過ごした。ただ、小学生の頃は、同じエリアに住みながら同級生の家の中に、その家族の雰囲気に、いろんな意味で社会の状況や縮図が見え隠れしていた。当時、長屋住まいだった我が家では、母と父と僕とで文字通りの川の字になって寝ていた。ふすま一枚を隔てた居間では、食膳を片付けて祖母が眠る。休みの日の日曜は、早く目覚めても父と母や祖母がふとんでぐずぐずしているうちは起きてはいけないキマリだった。六つ違いの兄は、奥の三畳のかしいだ部屋で勝手気ままに長男の特権を行使していた。

 時代を席巻したマルクス主義の中で描かれる「下層中産階級」に該当する一家の一員として育った僕には、この本で語られる吉本論のチャートが非常に明解に納得できたのだ。

 「少し長めのあとがき」で作者が語っているのは、出身階級的吉本論であり、普遍的な原理を追い求めた吉本隆明という思想家が、実は、ある意味で自らの出自にぴったりと合う理論を作り上げていったという、興味深い分析だった。

 重要なのは1968年当時に、吉本隆明の言説に熱狂した、いわゆる団塊の世代の各々が彼をどうとらえていたか、だ。著者は以下の三通りに分類する。
(a)一族が大学出で、「世界共通性」の論理で考えるタイプ
(b)左翼で、党派の論理を優先するタイプ
(c)上記以外の、残りの人々

 (a)のタイプは、吉本の言説に理解を示さない。うなずける。吉本隆明は左翼陣営の理論家であると同時に、かつては右翼かぶれの学生として戦中を生きた。そこから、日本国内の状況を普遍的に見る目を養ったが、そういう姿勢は、このタイプには非常にナショナルで古くさく見える。

 (b)のタイプはきわめて政治的な言動を弄して人を動かそうとする。このタイプの人間と吉本とは非常にそりが合わない。そもそも党派というものに対して、吉本は過去のいまわしき体験から嫌悪を抱いている。

 (c)のタイプの人々に吉本は倫理的な信頼感をもっている。いわゆる〈大衆の原像〉という方法論は、このタイプに分類される人々を想定している。このタイプは「自分の特にならないことはしたくない」という、ゆるやかな倫理観を持っている。この一見して身勝手にみえる考えは、他のタイプの人々から非難されやすい。

 しかし吉本は、全面的に彼らの倫理観の正当性を主張した。この寛容主義はどこからくるかと言えば、吉本自身もまた、この(c)に分類される下層中産階級の一人であったという事実からだ。

 下層中産階級の出自をもつ人間が知的上昇を遂げて階級を離脱する事に、(b)タイプのエセマルクス主義者たちは、裏切りにも似た断罪を投げつけるが、吉本は階級を離脱する事を肯定する。人間は個々で自らの幸福を優先していい。そうできるものから、そうすべきであって、かつての仲間から抜け出る事をかつての同士が足をひっぱるようなイデオロギーこそが否定されるべきである。

 しかし、そこに不可避的に現れる根源的な「悲しみ」を、吉本は逃げることなく真っ正面から見据えた。だからだろう、1960年代の大衆の熱狂を支えた吉本隆明の主要な著作を何一つ読まない僕にしても、その後の彼の思索と葛藤に、何より共感する事ができた。僕自身が、下層中産階級の根っこから離脱を夢見るように、両親に育てられてきたからである。

 著者・鹿島茂が本書で吉本隆明の思想を考える上で重要とみなした著作は以下のとおり。僕は(詩集以外は)どれひとつ読んでない。
「固有時との対話(詩集)」(1952年)
「擬制の終焉」(1959年)
「抒情の論理」(1959年)
「芸術的抵抗と挫折」(1959年)
「模写と鏡」(1964年)
「自立の思想的拠点」(1970年)
 
posted by アスラン at 19:31| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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