読んでからまだ四ヶ月しか経っていないのに、すっかり内容が記憶から抜け落ちている。ひょっとしたら読んでなかったのではないか。たしか、うっすらとした記憶を総ざらいしてみると、雑誌「新潮」掲載号を時間に追われるように読んだことだけは、かすかに覚えている。読み出して、これは自分の趣味ではないなぁと思ったような気がする。「趣味」という言葉が悪ければ、「自分の抱えている問題」と言い換えてもいい。
長い年月を連れ添った妻との二人きりの生活に、倦んでもいないし疲れてもいない。ただひたすら孤独のまま妻の生活を続ける主人公の話に、何ら思い入れというものがもてなかった。これはひょっとしたら、とまたまたうろ覚えながら感想を話すが、著者の目指している〈世界文学〉からの視点が、僕には全く欠けているからなのかもしれない。
本書の紹介文には「ガルシア=マルケスを思わせる感覚で日常の細部に宿る不可思議をあくまでリアルに描きだす。」と書かれていたが、僕にはマルケスの著作も、あるいはそれらをとりまく世界文学の状況をも知るところではない。三たび「ひょっとしたら」、有名な「百年の孤独」のタイトルから容易の推し量れるように、孤独こそが重要なキーワードなのだろう。
しかし、ここで描かれている「孤独」の、なんと甘美で贅沢な事であろうか。おそらくは、ここには孤独への許し難い陶酔があるのではないだろうか。そういったものをひたすらリアル(リアルってなんだ?)に描写しても、僕の心にはおそらく何一つ残るものがないのだ。四たび「ひょっとすると」僕の誤読であるとまずいので、もう一度単行本で読むことにしよう。ウェブで読める、たった10ページの立ち読みの文章を読んだところで、僕の思いこみは証明も否定もされなかったのだから。
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2010年01月01日
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