2006年02月24日

オランダ靴の秘密 エラリイ・クイーン

 今回の読書は再読である。エラリー・クイーンの愛読者である僕としては、これまでにもう何度も読み返してはいるが、いわゆる伏線読みというのはやったことがない。伏線読みというのは再読の際に、どこに手がかりが仕込まれているかを調べながら読む事だ。結末で探偵が提示した推理の根拠はどこにあるかなども確認しながら読む。

 これはかなりマニアックな読書形態で、再読でない限りはあまりやりたいと思わない読み方である。最初からこのような気負いで読んでいたら疲れてしまう。僕は確かにクイーン作品のファンではあるが、著者が仕掛けた「読者への挑戦」に応えようとも思わないし、トリック当てや犯人当てに興味があるわけではない。要は結末で楽しませてくれればいい。驚かせてくれればいいのだ。だから実は再読の時にも伏線読みをすることなく、ニュートラルな態度で読んでいる。できれば毎回犯人を忘れたいとさえ思うのだ

 しかし今回の再読のポイントはあえてあら探しをやることにある。前からなんどか書いているのだが、「エラリー・クイーン・パーフェクトガイド」ですべての長編について詳細に解説されていて、その解説が前半は未読者のための読みどころの紹介であり、後半は既読者のためのよりつっこんだ考察が書かれている。これがすこぶる刺激的で、僕のように必ず未読であるかのように読んできた読者にも「一粒で二度おいしい」ような読み方が残されているんだなと思わせてくれる解説が多かったのだ。

  そこでこの書評の最後ではネタバレ御免で自由に書くつもりなので、もし未読の方はご注意下さい。というか読まないで下さい。その前にぜひ本書を読みましょう。ネタばらしのところはリンクをもうけて別の記事に分けますので、この記事は最後まで読んでも大丈夫です。

 エラリイ・クイーンの初期作品である国名シリーズはタイトルに国の名前がはいり、必ず「謎(あるいは「秘密」)で終わる。これはデビュー作「ローマ帽子の謎」から始まったお約束であり、当時アメリカで絶大な人気を誇ったヴァンダインがタイトルに必ず「〜殺人事件」と名づけていたのに倣ったわけで、それほどヴァンダインが考え出した作風や枠組みを踏襲することがクイーンの初期作品では多かった。

 その作風とは、

 ・都会を舞台にしていること。
 ・現実に事件が起きて解決するまでの時間の流れと場所を絶えず読者に意識させる事。
 ・手掛りをすべて文章に織り込んでフェアプレイに徹する事。
 ・論理的で合理的精神に貫かれた現代的な探偵が解決を導く事

などなど、初期のエラリーはヴァンダインが生んだ名探偵ファイロ・ヴァンスになりきるかのようにペダンチックな戯れ言を語り、知的ゲームを解くためには事件の関係者の人間性などは二の次のように振る舞う。例えばこんな風にだ。

 ジャニー博士の元に事件直前に訪れた面会人の様子を受付係コブに尋ねて何も見てない聞いてないと答えると、

 「本当かね?」
 「チップは受け取らない。名刺の名前は見なかった。僕は正直なところ、ちょっと面食らったよ」

 と脅しつけるような言葉を吐く。

 また被害者と娘の年齢があまりに離れている事について

 「ある年齢をすぎた婦人の妊娠は、病理学上の原因があるとみていいのじゃないか…それにしても(被害者は)変わりすぎている」

 と偏見に満ちた当てこすりを平気で言う。

 クイーンがヴァンダイン以上の成功をおさめてからは、いかにヴァンダインから踏襲した悪弊を削ぎ落とすかが作家クイーンの課題となった。エラリーは中期作品でハリウッドに進出して恋にうつつを抜かすようになり人間関係のドロドロに首を突っ込む。そして後期では人間性と社会性を取り戻すリハビリのために謎を解く事を迫られるのだが、それはとりあえず今回の再読には無関係だ。

 さきほどタイトルに国名を冠すると書いたが、実は国名は作品の内容とあまり関係しない。今回の推理の核心に据えられるのが一足の靴であり、そこから「オランダ靴」というシャレ(連想)が生まれる。オランダの民族靴である木靴(サボー)は世界的に有名だからだ。ただし作品中「オランダ靴」は一切出てこないから、やはりシャレに過ぎない。

 タイトルだけのシャレだとあんまりなので、事件の舞台となる病院の名前を「オランダ記念病院」としているが、これは創立者の女富豪アビゲール・ドーンの祖先がオランダ人である事から由来している。当然ながらこれは大病院という都会的な舞台装置を演出するクイーンならではの言わばケレンだ。

 この女富豪ドーンが被害者であり、昏睡状態で緊急手術を受ける予定だったドーンが何者かに絞殺される。殺人現場は被害者の手術が執り行われる予定だった大手術室(参観人席がある病院中央にある手術室)の控室である。殺人前後の人の出入りや動きが複雑なのがこの作品の特徴で、いわば病院という大きな密室の中で、誰がいつどのように動いたかが克明に描かれている。

 面白いのは冒頭に添えられた病院の平面図と首っ引きで本文を読むと、エラリーを含めた登場人物が病院内のどの通路を通ってどの部屋に行ったかが手に取るように分かる。例えばこんな風である。

 そこで友人ふたりは、またも角を曲がって、最初の廊下とは平行に走っている第三の廊下を進んだ。右側はこの廊下のはずれまで壁面で、一ヵ所だけに頑丈そうなドアがあり、<階段式大手術室参観人席>としてあった。


 これほど懇切丁寧な描写をするミステリーも珍しいが、これこそがまさにフェアープレイ精神に徹するクイーン作品の極致であり、「オランダ靴…」が<読者への挑戦>ものの最高傑作(前出「パーフェクトガイド」)と言われる所以だろう。

 さて本作は1931年出版である。第二次世界大戦開戦を遡る事10年だ。だから舞台となる病院と言っても少々古くさい。

 診療室にはそれぞれにX線装置が装備されている(P.34)。当時としては最新式と言えそうだが、今考えると放射線の問題に無頓着すぎる。中央にある大手術室にしきりも何もなしに直接参観できる階段状の席があるのも大学病院ならいざ知らずちょっと驚きだ。控室にあるエレベーターというのは当時としては目新しくはないだろうが、前方と後方の両開きとなると新しいのか古いのか判断に苦しむ。扉はもちろん自動開閉ではない。やはり古いか。

 殺人現場を撮影する鑑識のカメラがフラッシュを焚くのにマグネシウムを燃やすのはいまや古い映画でしか見かけない光景だ。

 P.206の原注に「バーナビー・ロス摘発事件」と書いてあるのがご愛敬だ。これが例のドルリー・レーンシリーズを書くために用意した別ペンネームであり、バーナビー・ロスとエラリー・クイーンが同一人物である事を示す根拠として今やクイーンファンにはおなじみである。
(2005/12/13読了)


 「オランダ靴の秘密」(ハヤカワ・ミステリー文庫)ネタバレ解読


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posted by アスラン at 03:46| Comment(1) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Posted by e-アフィリ at 2006年02月24日 04:39
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