2009年12月21日

絡新婦の理 京極夏彦(2009/8/4読了,再読)

 本書の面白さをうまく伝える事ができるだろうか。いろんな事が言えそうだが、どれをとっても核心をつくのはむずかしい。ひとつ確かな事が言えるとすると、前作「鉄鼠の檻」で、本シリーズは一つのピークを迎えた。東洋が生んだ究極の思想「禅」を題材にして、見事な論理の大伽藍を作り上げた著者は、次なる狙いをストーリーテリングの醍醐味に定めたように思える。と言うのも、ミステリーの様々な要素がこれでもかというほど盛り込まれているからだ。

 まずは冒頭で、本来密室になりえない日本家屋において「密室殺人」が起る。連れ込み茶屋でおきる人妻の絞殺。それに付随して「連続殺人鬼(シリアルキラー)」が登場する。その一方で、千葉では女性の目をつぶす手口の、もう一人のシリアルキラーが世間を脅かす。

 この2つの別々の事件は、やがてもう一つの事件(事故)と合流して、一つの〈大きな作為〉へと集約してゆく。これが「絡新婦(じょろうぐも)」のモチーフだ。口絵で紹介される江戸時代の妖怪図は、絡新婦が放つ糸に囚われ操られる人々の姿が描かれている。そう、絡新婦は自らは動くことなく人を操るのだ。

 先ほど、「もう一つの事件」と書いたが、それが和歌山県にあるカソリック系の女子学園を舞台にした集団売春のスキャンダルだ。カソリック、学園、売春となると、ダリル・アルジェント監督のヒット作「サスペリア」を引き合いに出すまでもなく、オカルト物ではお約束の設定だ。さらには校庭の片隅に「黒い聖母」と呼ばれる像が祭られ、それを含めた「七不思議」が、この学園にもお決まりのように存在する。

 肝心な事は、個々の人々の思惑を超えて、ここでも「操り」の糸が見え隠れするという点だ。学園が隠し持つ謎(まさに隠されたもの=オカルト)を解き明かしていくのは、いつものように憑き物落とし・京極堂の役目だが、今回は京極堂自らが「操り」の主体をたぐる事が不可能だと言い切ってしまう。操り手は必然を形作るきっかけを与えるだけだ。操られる側は、きっかけを与えられた事さえ気づかない。操るだけで手を下していない真犯人の犯罪を立証することは不可能だというのが、京極堂の言い分だ。

 それにして今回の京極堂はずいぶんとあきらめが早い。そんな偶然まかせの犯罪が、こうもたびたびうまくいくとは信じがたい。犯人によっぽど都合のいい世界になっているとしか思えない。アガサ・クリスティならば、読者が「そんなことありえない、うまくいくはずがない」と思われるトリックでも、その弱点を逆に巧妙に利用する。たとえば、「そんなトリックでは犯行が目撃されるはずだ」と読者が考えつきそうなところに〈目撃者〉を登場させる。映画化されたあの有名な小説の構成がそうだったではないか。トリックの弱点をまんまと補強したうえで、犯人は(というより作者は)口封じのためにさっさと目撃者を殺してしまうのだ。

 しかし、思えば本シリーズの第一作「姑獲鳥の夏」からして、ずいぶんとありえないこと、ムリを通してきた。それを考えれば、真犯人の「操り」がうまくいくのを怪しむ人が登場人物の中にいたとしても、京極堂が滔々と語る詭弁に簡単に弄されてしまうのは致し方ない。そういう世界に僕らは入り込んでいるのだ。それに、まっとうなケチの付け方をしてもあまり意味がないように思える。

 なぜなら、本作を書くにあたって著者は、トリックにも犯人当てにもあまり関心がないようにみえるからだ。たとえば作品の導入部で、眞犯人と京極堂とが対峙するエンディングの場面からあえて始めている。言葉遣いから、犯人が女性である事は明かされている。そして、学園の創始者一族(女系一家)中に犯人がいる事もはやばやと判ってしまう。つまり著者は、始めから犯人を隠す工夫をしていない(まったくではないにしても)。

 このような作品に僕らは馴染みがあるはずだ。たとえば乱歩そして横溝の作品だ。特に横溝正史の一連のミステリーは、犯人が特定されてもおかしくないほど人が殺されてなお、作中の探偵は見て見ぬふりをする。横溝正史の小説が売れに売れ、市川崑監督の映画が大ヒットしていた当時、金田一耕助がへぼ探偵のそしりをうけたのは、横溝作品の構成上の必然だと言っていい。「八つ墓村」や「犬神家の一族」がそうであるように、犯人当ての興味よりもどちらかというと、古くからの村の因習や血の絆に彩られた生臭いストーリーを描く事に、作者の主たるモチーフがあることは動かせない。

 本作においても、少なからず同じようなモチーフが著者にあったのだろう。そうでなければ、あれほど分かりやすい(バレバレの)シーンを冒頭に持ってくるはずがない。あえて言えば、この小説には横溝正史にとっての市川崑監督のような存在が必要だ。正月に上映するオールスターキャストの顔見せ興行に、これほどふさわしいミステリー作品はない。
posted by アスラン at 13:08| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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