2009年12月16日

隠蔽捜査3 疑心 今野敏(2009/7/19日読了)

 本作はシリーズ3作目を迎えて、1作目は文庫化され、すっかり人気が定着した感じがする。いや、僕が第一作を読んだときから比べると、著者自身がブレイクしたと言っていい。

 そもそも「本の雑誌」の目黒考二さんの書評で知った作家であり、作品だった。当然のことながら、当時はシリーズではなかったわけだが、あまりにキャラが立っていて、取り巻く環境や共演者たち(早晩ドラマ化されるだろう)の魅力に富んだ作品構成から、読了後すぐに、この変わり者の主人公のその後を読みたいと思った。それくらい次作が待ち望まれる作品だった。

 書評にも書いてきたが、現実に存在していたらお近づきにはなりたくないタイプの変わり者であり、真の意味で骨の髄まで”官僚”が身についている男が主人公なのだ。これは決して主人公を貶めるための形容ではない。この場合は褒め言葉になっている。真の官僚とは、いついかなる時も、国家を守るため、国民を守るため、あらゆる事に優先して「危機」に対処しなければならない。この真剣さが周囲をとまどわせるが、ひとたび彼の主張を呑み込めば、多少の迷惑、多少の犠牲はさしたる問題にならない。持論をひっこめざるをえない。彼の方が筋が通っているのだ。

 主人公・竜崎のモデルとしては、故・後藤田官房長官のもとで八面六臂の活躍を果たした佐々淳行が挙げられるが、今どきを考えると、ひょっとしたら民主党の小沢一郎幹事長がイメージとしては近いのかもしれない。彼の場合は表と裏を使い分けているという疑いがぬぐえないのだけれど、昨今の「天皇特例会見」に関する宮内庁長官の批判を一刀両断する手際などを見ると、事の善悪はともかくとして、本気で考え本気で行動している素振りが見える。「日本国憲法を読んでいるか?」と問われて言い返せない記者の方が、よっぽど筋が通っていない。

 竜崎はそもそもが疑心暗鬼の人で、他人の出方を額面通りに受け取らず、しかも自分が思っている以上に自分に人気がある事に気づかない。まずは裏を読もうとする。だから、たえずその行動には危機感が満ちている。まさに「危機管理」を実行するには最適な人物として描かれている。

 国家の安寧をおびやかす事件に対しては、何事からも優先されると信じて、縦社会のルールを飛び越す。時に大胆な行動をとるため、嫌われるときは徹底的に嫌われる。そのため、一作目で警察庁のエリート官僚の地位を追われ、2作目では所轄の署長に左遷される。ところが、署長の地位を腰掛け程度にしか考えないエリートとは、全く違う振る舞いをして、部下達をとまどわせる。この動揺がとてつもなく面白い。

 もちろん、この楽しさはあくまで「変わり者でありながらきわめて優秀」で、しかも最後には正しい選択をとる、竜崎の並外れた資質と強運が描かれているからこその著者の手際なわけだ。

 著者・今野敏は、僕がシリーズ第一作を読んだときには既に売れっ子の作家だった。多作で、図書館には僕が読んだことのない数多のシリーズ作品が並んでいた。これまで作者の人となりについて調べた事がなかったが、全盛時の赤川次郎ばりに書きまくり、そしてお父さん世代の読者に夢と希望を与えるかのようにドラマを生み出していく。本シリーズにしても、警察官ではあるが、竜崎は言ってみれば企業戦士の一人だからだ。

 ところが、本作を読み出すと唖然としてしまう。あの竜崎が女にうつつをぬかしてしまうのだ。警視庁からある要人の警護のために派遣されてきたエリート予備軍の若い女性に、事もあろうにときめいてしまう。

 いつものように、これが単なる気の迷いなのか、本当に彼女に対して恋情を抱いているのか、生まれて初めてと言っていい出来事に、竜崎は本気でとまどう。いつものような切れ味するどい行動をとることができなくなってしまう。そこがなんとももどかしい。言ってみれば、最大の敵・最大の障害が目の前にぶら下がっているわけで、ここが本作で著者が主人公に与えた試練と言える。

 途方にくれた主人公は、大嫌いな同期の伊丹にやむをえず相談する。その間の抜けたギャップが面白い。この難題をどう切り抜けるかという結末については、ご都合主義であるのは否めない。が、信念の人が、自らの信念と女性への恋情とを天秤にかけて本気で悩む姿が、なんとも共感できるではないか。
posted by アスラン at 13:07| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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