今回も「エラリー・クイーンパーフェクトガイド」(飯城勇三著,ぶんか社文庫)の作品紹介(P.32-34)に沿って解読していく(作品そのものについては書評を参照の事)。パーフェクトガイドでは、前半に未読者のための読書案内が、後半にはコアなファンのための再読ポイントが書かれている。以下では、再読ポイントを具体的に検証していく。
さて、「オランダ靴」では殺人は2回行われる。
最初の殺人はオランダ記念病院の創立者・女富豪のアビゲール・ドーン。彼女は糖尿病からくる昏睡におちいり緊急手術のため大手術室に連なる控室で待たされている間に絞殺される。控室のさらに隣にある麻酔室で準備を進めていた麻酔医は麻酔室を通って控室に入るジャニー医師の姿を目撃する。しかしジャニー本人はそれは自分ではないと否定する。やがてジャニー医師になりすますための使われた白衣と靴が見つかる。
〈第一の殺人でミステリー・ファンなら誰でも思いつく推理をエラリーがあっさり否定する〉(パーフェクトガイド)
これは「誰かがジャニー医師になりすましたのではなく、ジャニー医師本人なのではないか」という推理の事だ。靴はジャニー医師のサイズよりも小さいし、底のすり減り具合が右と左とでは同じために片足が不自由で片方に体重をかけて歩かざるをえない彼の持ち物ではないと指摘する。この事は事前に提示されたわけではなく、あくまで靴から分かった事をエラリー本人に言わせているにすぎないが、そんなつまらないオチではないよと言わんばかりに即座にエラリーが否定するところが小気味いい。
白いズボンには裾上げのためのしつけ糸が残り、靴には何かの理由で切れた靴ひもをつなぐための絆創膏が残されている。
この遺留品からエラリーが演繹した推理は次の通りだ。
犯人の靴ひもが切れたのは凶行に及ぶ途中だった(事前に準備していた靴のひもが最初から切れていたはずがない)。そして絆創膏を使用するという思いつきは専門的知識がある者を連想させる。何より絆創膏のありか(医療器具棚)を把握し、手早く取り出せる者でなくてはならない。よって犯人は病院関係者(医者・看護婦・職員に限定せず)。(P.34 医療器具棚に包帯、ガーゼなどとともにさりげなく絆創膏の存在を示している。)
サイズ6の靴は男には小さすぎる。舌皮を爪先に押し込んでいるから犯人は子供か女性だが身長から女性に限定できる。(P.119〜125 ズック靴の絆創膏、爪先に押し付けられた舌皮、サイズ6の靴)
ズボンの膝上のしつけ糸は元の持ち主と犯人の身長の違いを目立たせなくする意図。つまり元の持ち主より身長が低いことを意味する。(P.117 手術衣のズボンにしつけ糸)
白ズックのズボンを履いている男性医者職員はすべて除外。なぜならわざわざ他のズボンに履き替える必要がないから。(P.35 服装規定の記述あり。 男白ズック靴スボン上着、女白リンネル)
以上から、女性の病院関係者が犯人である。
第二の殺人は、ジャニー医師。自分の個室の机に向かって椅子に腰掛けた形で後頭部を鈍器で殴られた上で、ドーンと同じく絞殺されている。
〈殺人現場を見て「このデスクのうしろに、窓がひとつ、なければならぬところだ!」とエラリーは言い出す〉
「このデスクのうしろに、窓がひとつ、なければならぬところだ!」(P.321)
ジャニーのデスクは部屋の角に斜めに置かれている。つまり彼に怪しまれずに鈍器で殴るには彼の後方から近づく事ができなければならず、窓がなければ不可能とエラリーは当初推理した。ところがまもなくミンチェン医師が大切な症例記録を管理するために、ジャニー医師のデスク後方にあった書類戸棚を移動した事実が明らかになる(P.362)。
そこで、後方から近づけた唯一の合理的回答は、犯人が書類戸棚にアクセスすることをジャニー医師が許したからに他ならない。症例記録にアクセスできるのは被害者とミンチェン医師(男)とミス・プライス看護婦のみ。(P.46 ジャニーのファイルキャビネット。触れるのはミンチェン、ジャニー、プライスのみ)
よって、犯人はミス・プライスである。
果たして第一の殺人は彼女に可能だったか。控室にあるエレベーターは室内と通路両側に開くため、プライスはエレベーター内で着替えて通路から麻酔室にジャーニー医師として入り、控室に入る。控室を覗いたインターンは医師のみを見かけるが、実はそれはジャニー医師に変装したプライスだった。彼女はジャニー医師に言われて消毒室に入ったと証言しているが、証言通りには消毒室に入らなかった。こうして一人二役トリックを実現した。
〈なぜ二つの殺人が同じ手段でなされたか?〉
なぜ犯人は鈍器で気絶させておいて頸に針金を巻き付ける手間をかけたのか(P.336)。そのまま鈍器で殺してしまってもよかったはずだ。
第二の殺人の際に、プライスの共犯者であるジャニー医師の息子は警察にいた。第一と第二の殺人が同一犯という印象を植え付ければ、第二の殺人にアリバイが成立した彼は必然的に第一の殺人からも容疑が外れる事をねらった。
〈なぜ手術が急に決まったのに犯人は事前準備できたか。〉
被害者ドーンは虫垂炎手術を一ヶ月以内に予定していたため、当初は術後麻酔がかかっている間に犯行を行う予定だった。だから昏睡による手術自体は緊急だったが、事前に準備はできていた。
再読すると確かによくできている事がわかる。絆創膏をさりげなくキャビネットの備品の列挙にあげてたり、麻酔室にも同様なキャビネットがあること(P.356)など、ネタ割れしないように分散して記述している。
ただし靴の分析について言えば、何故こうまで警察を無能にしていいのかという指摘はできるだろう。男性としては小柄なジャーニー医師の靴のサイズ6.5より小さいサイズ6の靴、舌皮の押し込み、ズボンのしつけ糸という事を総合すれば、最初から女性限定で考えるのが当然だと思えるのだが、警察関係者の誰もいいださない。
「(犯人の)特徴については詳しいことが言えるのですが…ただ、名前だけはいまのところ…」(P.285)
ともったいをつけるエラリーだが、この時点で「女性の病院関係者が犯人」だと分かっている。ここまでくれば分かったも同然なのに父親にさえ手の内を明かさないのだ!
さて最後の最後にエラリーが言ったひとことが僕には不可解なまま残っている。犯行に使われた手術衣が発見されたと知らされるや次のように謎の言葉を叫ぶ。その意味は作中にはどこにも書かれていないのだ。
「燃料が多ければ多いほど、火がよく燃える!」
「燃え殻でしょうね」
これってどういう意味だったんでしょうね、クイーンさん?
(参考)
オランダ靴の秘密 エラリイ・クイーン
エラリー・クイーン Perfect Guide 飯城勇三・編
エラリイ・クイーンパーフェクトガイド(文庫版) 飯城勇三・編著



