地図で見ると、75号鉄塔から74号鉄塔の間を遮るものは、平屋の倉庫ぐらいしかない。そのため、P.49の「75号鉄塔附近から74号鉄塔を見る」という写真でも、その姿は足もと以外はよく見えている。74号鉄塔は女性型で「比較的短く」「ジャンパー線が大きく」「碍子連の張りもあり、なかなか肉体美」だと描写されている。
(A地点)
交差点を過ぎて畑地が開け、その果てに鉄塔が金網に囲まれて立っているのが確認できます。
さて、ここでちょっと「鉄塔武蔵野線」の文章の特徴に触れてみる。さきほど、僕は本書の記述そのままに、74号の特徴を列挙したけれども、小説ではそのように一挙に書かれている訳ではない。
まず、75号結界から74号鉄塔を見ると、「電線を右側に靡(なび)かせた女性型鉄塔」が目に入る。「右側」というのは74号鉄塔ともっともよく見える結界の一辺の上にそって前方を見ると、右側に74号鉄塔がずれて位置している事を意味している。そして、「心ひかれるままに」表通りに出て、A地点を通り過ぎると足もとを含めて74号鉄塔が畑地の果てに全体の姿を現す。
そこで初めて「比較的短身で…なかなかの肉体美なのでした」という、語り手(成人となった見晴)の寸評が語られる。つまり、この鉄塔の描写は、かなり現実を反映した正確な描写であって、現地にいかないと書けない。一種のルポルタージュでもあるのだ。
そこで、次の交差点を左に折れる。
(B地点)
道路と畑地の境に連なるコンクリート・ブロック塀の上を伝え歩いて、わたしは鉄塔の金網の前で飛び下りました。(P.50)
P.51の74号鉄塔の写真にも、しっかりと畑を取り囲むコンクリート・ブロックが写っている。これを伝え歩きする少年のうきうき気分が、僕にはよくわかる。ただし、グーグルの地図サービスでストリートビューを確認してみると、ブロック塀は無くなっていることがわかった。わずかに表通りの交差点の側の畑の隅に、もうしわけ程度になごりが残っている。
地図を塗り分けている作業をしていて気づかされるのは、やけに雑木林が点在しているということだ。この一帯はおそらくは150年も遡れば、国木田独歩が「武蔵野」で描いたような雑木林地帯だったに違いない。
74号鉄塔のある畑の奥には片山線の鉄塔が見える。でも、ここでいよいよお別れだ。74号から次の鉄塔へ、武蔵野線は舵をぐっと右に切って進むことになるからだ。



