2006年02月09日

いまどきの「常識」 香山リカ

 この本が面白いと聞いたのはどこでだったろう。どこかの書評だったか、それともNHK-BSの「週間ブックレビュー」で書評ゲストの推薦だったろうか。図書館の予約待ちをしているうちにどうもそのへんの事情を忘れてしまった。

 こんな事を書くのは、どうしてもこの本の面白さがわからなかったからだ。というか僕にはこの本で著者が取り上げている「いまどきの常識」に関して、著者が何を言いたいのか半分も分からなかった。言っておくが、著者が取り上げているいわゆる「いまどきの常識」に納得がいくからではもちろんない。

 そもそもここで取り上げている30の項目を常識と言っていいのか疑問だ。タイトルであえて括弧付きの「常識」を使っているのには著者自身が「これでホントにいいの?」という疑問を投げかけたいというほのめかしが入っている。つまり最初からこんな「常識」なら拒絶したいという著者の姿勢からすべてのキーワードが解読されているのだ。

 ところで僕ならば、この括弧付きの「常識」を括弧なしで風潮とか世相と言い直せば済むことではないかと思う。

 「自分の周りはバカばかり」
 「お金は万能」
 「男女平等が国を滅ぼす」
 「痛い目にあうのは「自己責任」」
 「テレビで言っていたから正しい」
 「国を愛さなければ国民にあらず」


 これらの章立てを見て、これが現代(いまどき)の常識だと考えている人がホントにいるだろうか?もちろんいるのだろう。少なくとも著者はそう見ている。だが著者の世間はどうも狭いようだ。

 例えばライブドアの堀江元社長「お金で買えないものはない」と著書に書いていただけで、著者はこれがいまどきの常識になりつつあるのだと言っている。彼の著者も言動も深くは知らないが、例えばどんな表現も字義通りに書かれていると信じるのはあまりにお気楽な物言いではないか。それこそ戦略からくるレトリックや虚勢であってもおかしくない。

 どこかのクレジットカードのCMではないが、「お金で買えない価値がある。買える物は○○カードで」というのは堀江元社長が大仰にぶちあげた事とさして異なるわけではない。あれだって要するに「なんでも買えますよ」と言っているわけだ。堀江さんは単にストレートに言った分、著者のような常識人を自認する人からは目障りだと感じられるわけだ。

 しかしそういう著者自身だけは、そのような常識を一段高みから見下している。自分を棚に上げたそぶりこそ、まさに「自分の周りはバカばかり」という姿勢に他ならないのを著者は気付いていただろうか。

 著者は自分が教えている大学生たちに尾崎豊の「卒業」などの詩を読ませて感想を書かせている。すると昨今の尾崎の評価は落ちる一方だと言う。なぜならば「管理されている自分」も幻想だし「社会から抑圧されている」という実感ももてない学生が多いからだと言う。「子供っぽい」「みんな我慢してるんだから彼(尾崎)も我慢すべきだ」という意見も出たと言う。

 そもそも尾崎豊のような詩が子供っぽいと思える分析が流行当時からあったはずだ。当時のティーンズからは圧倒的な共感を勝ち得ただけに過ぎない。だがいつの時代でも、若い世代は前の世代に対する冷ややかな感想を抱く事が多いので、今の若者が尾崎の歌を「幼い」とか「なぜ怒っているの?」とクールに分析する事は当然だと思う。尾崎の怒りは当時の世相を大きく反映してる事を考慮しないと分かりにくい。それが流行歌のもつ大きな力だからだ。その世相を体現した世代そのものに反感がある場合、さきほどの大学生のような評価になるのは致し方がない。

 こういう大学生の風潮を横目にしながら、これが「いまどきの常識」と仮想敵に仕立て上げていく著者の思考自体が、「狭い世間」にとらわれていると何故気付かないのであろう。

 そもそも「常識」とはなんだろう?
 著者が言うような特定の理念やモラルに染め上げられたものを「常識」と言えるのだろうか?

 そう考えると、著者のねらいは「いまどきの常識」をまな板にのせる事にあるのでなく、著者が日頃言いたくてしょうがない主張がまずあって、「いまどきの常識」はダシに使われているとしか思えない。早い話、著者の主張には「自己責任」や「愛国心」を声高に叫ぶ人々と同じようなうさんくささが感じられる

 この本の中盤で早々とうんざりした気分にさせられた時に僕の頭から絶えず離れなかったのは、「考えるヒント」で常識について考えた小林秀雄の事だ。手元にあったので読み返してみたら、まさに著者に対するうってつけの警句が書かれていて、すっきりした。

 常識の働きが貴いのは、刻々と新たに、微妙に動く対象に即してまるで行動するように考えているところにある。そういう形の考え方のとどく射程は、ほんの私達の私生活の私事を出ないように思われる。事が公になって、一とたび、社会を批判し、政治を論じ、文化を語るとなると、同じ人間の人相が一変し、忽ち、計算機に酷似してくるのは、どうした事であろうか。(小林秀雄「常識」)

(2006年2月4日読了)


↓クリックの応援よろしく!
banner_04.gif
人気ブログランキング
posted by アスラン at 17:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/13034360
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。