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    2009年10月09日

    鉄塔武蔵野線ウォーク(インターミッション1)

     銀林みのる箸「鉄塔武蔵野線」(ソフトバンク文庫)の主人公・見晴は、幼年時代(4〜5歳)に千葉市で過ごし、その頃から鉄塔が好きだった。近所に鉄塔がないため、日曜ごとに総武線に乗って、電車から鉄塔群を眺めていた(P.40)。

     父がときたま降ろしてくれる駅(西船橋駅)があり、駅周辺には巨大で肥満した料理長型鉄塔や、すっきりとした女性型鉄塔が見られた。映画版「鉄塔武蔵野線」では、ギャンブル好きの父が週刊誌片手に、幼い見晴を連れて鉄塔の結界内に寝ころぶシーンがあったように思う。それは、この西船橋あるいは総武線沿線の光景(P.43)だったはずだ。

     その後、父の転勤で千葉から武蔵野へ転居すると、千葉の時と違って、鉄塔が身近に見えたと語られる。

     今度の武蔵野の家では、居間の東側から遠いなりに鉄塔が見えるので、両親はわたしのために喜び合いました。(P.45〜46)

     さて、では見晴の家はどこにあるのだろうか。

     鉄塔が「東側」に見えるというのだから、地図で言うと75−1の左側の方角にあることは確かだ。そこで航空写真をしげしげと眺めてみたが、それらしき建屋は見あたらない。「武蔵野の家」とか「居間の東側」という表現から一軒家を想定しやすいが、だとするとストリートビューで鉄塔が見えない場所はほぼ対象外ではないだろうか。当時は三階建ての一軒家はあまり考えられので、二階建ての民家に限定すると、鉄塔から近くないと姿が見えないからだ。

     ところが、鉄塔の身近には畑地や小学校などはあるが、肝心の民家は少ない。見晴の父は割と転勤が多い仕事についているとも感じられるので、もしかしたら社宅なのかもしれない。3階以上に住んでいる可能性も否定できない。そうなると、もう少し遠くのエリアに捜索範囲を広げてもよさそうだ。何しろ「遠いなりに」とも書かれている。

     いずれにしても、地図上の「市立第六小学校」と「堀ノ内コーポ」の間あたりが見晴の家の有力候補だと言えそうだ。もちろん現実に存在するわけではないので、あくまでこれは著者の想像の世界を覗くお遊びだ。

     さて、次はいよいよ75−1号鉄塔の北側をたどっていこう。
    鉄塔武蔵野線ウォーク(1).jpg
    posted by アスラン at 12:56| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 鉄塔武蔵野線 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
    この記事へのコメント
    はじめまして。
    福岡の20の大学生です。
    同じく本のレビューのブログをしているものです。

    良かったら遊びに来てください。
    http://yomumonosubete.blog91.fc2.com/
    ちなみに始めたばかりです。
    Posted by 本屋に5時間 at 2009年10月14日 02:09
    本屋に5時間さん、コメントありがとう。

    せっかくですから、私の記事への感想もお願いします。遊びに行くのはそれからにさせていただきます。

    Posted by アスラン at 2009年10月16日 01:21
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