父がときたま降ろしてくれる駅(西船橋駅)があり、駅周辺には巨大で肥満した料理長型鉄塔や、すっきりとした女性型鉄塔が見られた。映画版「鉄塔武蔵野線」では、ギャンブル好きの父が週刊誌片手に、幼い見晴を連れて鉄塔の結界内に寝ころぶシーンがあったように思う。それは、この西船橋あるいは総武線沿線の光景(P.43)だったはずだ。
その後、父の転勤で千葉から武蔵野へ転居すると、千葉の時と違って、鉄塔が身近に見えたと語られる。
今度の武蔵野の家では、居間の東側から遠いなりに鉄塔が見えるので、両親はわたしのために喜び合いました。(P.45〜46)
さて、では見晴の家はどこにあるのだろうか。
鉄塔が「東側」に見えるというのだから、地図で言うと75−1の左側の方角にあることは確かだ。そこで航空写真をしげしげと眺めてみたが、それらしき建屋は見あたらない。「武蔵野の家」とか「居間の東側」という表現から一軒家を想定しやすいが、だとするとストリートビューで鉄塔が見えない場所はほぼ対象外ではないだろうか。当時は三階建ての一軒家はあまり考えられので、二階建ての民家に限定すると、鉄塔から近くないと姿が見えないからだ。
ところが、鉄塔の身近には畑地や小学校などはあるが、肝心の民家は少ない。見晴の父は割と転勤が多い仕事についているとも感じられるので、もしかしたら社宅なのかもしれない。3階以上に住んでいる可能性も否定できない。そうなると、もう少し遠くのエリアに捜索範囲を広げてもよさそうだ。何しろ「遠いなりに」とも書かれている。
いずれにしても、地図上の「市立第六小学校」と「堀ノ内コーポ」の間あたりが見晴の家の有力候補だと言えそうだ。もちろん現実に存在するわけではないので、あくまでこれは著者の想像の世界を覗くお遊びだ。
さて、次はいよいよ75−1号鉄塔の北側をたどっていこう。




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