52円。それが今のこの本の価値だ。いきつけの古本屋の105円コーナーの片隅に、さらに半額の値札がついた古本がまとめて置かれている。おもに古本の中でも古典が多い。志賀直哉も武者小路も芥川も52円で売られている。もちろん、ここは本の吹きだまりだ。値段と内容とは一切関係がない。ページ数や重さも一切お構いなしだ。
京極夏彦の「狂骨の夢」1200ページが105円で売られている事に驚く者は、「チップス先生さようなら」がたかだか100ページにも満たないのに52円なのだから割高だと言うかもしれない。果たしてそれだけの価値があるのかと。
僕は「老人と海」同様に、本書を中学の頃に新刊をあがなって読んだ。薄い本が好きというよりも、薄いから安い、安くて早く読めるという一石二鳥の文庫だったから読んだのだ。英国のパブリックスクールの変わり者の教師の一生をコンパクトに書き上げた作品で、ただそれだけの作品だ。現代の読者からすると退屈きわまりない作品と言われかねない。
著者は、ほぼこの一作しか日本では知られていない。本国ではそれなりに読まれた流行作家だったらしいから、他の作品も紹介されてきたのかもしれないが、ヒルトンと言えば「チップス先生」、いや「チップス先生さようなら」のヒルトン以上の事を僕らは何も知らない。訳者が解説するところによると、本作は他の著作と比べてあざとさが少なく、つくりものという感じがしないと褒めている。確かにそうかもしれない。
今や前世紀の遺物のような愛すべき偏屈な教師は、日本でもかつては存在していたはずだ。そして、伝統ある学校の一部としてそういう教師を愛してやまない、かつての生徒たちとの交流が存在したという事に、英国人は郷愁を通わせる。これは、日本人で言えば昭和30年代の風景を懐かしむ、最近の〈昭和レトロブーム〉とどこか同質のものがありそうだ。今はないからこそ、ひたすらいとおしいのだ。
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2009年09月22日
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