2009年08月05日

路地の猫(2009年7月1日)

 7/1は半ドンの日だった。小中学生でもないから半ドンなどというのは「大人にとっての死語」なのだが、今の子供たちが「半ドン」の意味も使い方も習っているとは思いがたいので、もはや真性の〈死語〉なのであろう。

 とにかく半ドンで久々に日の明るいうちから会社を出た。用があって飯田橋に出て、そのあとはお決まりの神保町に移動して昼食と本屋逍遙だ。昼食は「キッチン南海」のカツカレーか、ひらめフライ&生姜焼き定食だ。「か」というのは、すでに一月以上たっていて何を食べたか忘れてしまったからだが、少なくともこの2品以外は注文しないので、いずれかであることは確かだ。

 満腹になったお腹をかかえ、東京堂書店に寄った事も確実だ。その証拠に、ケータイに店内を経巡って見つけた本のメモが残っていて、
7/1東京堂
レッドデータガール
科学にときめく
海岸線の歴史
あれから

とある。それぞれ何が面白くてタイトルを拾ったかのか。これも一月以上も前のことなので忘れた。詳しくは著者や内容を調べれば思い出すだろうし、そうなったら改めて「積んどくよ!」コーナーで〈読みたい本〉として紹介する事になるだろう。

 今日は、とにかく半ドンの日の足取りが優先だ。お腹もくちたし、本好きの楽しみもくちたので、散歩を満喫しよう。三省堂書店の裏門のある路地から靖国通りを渡り、マックと元三省堂別館(いまはがら空き)の間の通りをいく。ここから、錦華小学校沿いにY字路を右に行けば、お茶の水駅への最短路なのだが、今日は左をまっすぐ行く。なにかぶらぶらと半ドンの日の〈あてのなさ〉を楽しみたいのだ。すると、軒先がちょっと古風で、京風のアンティークショップを思わせる古書店が目に入った。店名を「がらんどう」と言う。

 入ると、雑誌や文庫が雑然と、いろいろなガラクタと同居しておかれている。売れそうな準新刊の文庫などは一切ない。あの文藝春秋が出版していた趣味の雑誌「ノーサイド」があったりする。なかなか興味深い古書店だ。何があるかさっぱり予想がつかない。それだけに楽しい。

 壁を見上げると〈猫〉だ。街のノラ猫の愛らしい写真が飾られている。こうなると猫好きの(と言っても飼い主になるほどの思い切りはないのだが)ワクワク感がうずいて、目が離せなくなった。ミニ個展が開かれていたのだ。なるほど、変わった古書店だ。

 「路地の猫」と題されて、写っている猫は、岩合さんの「ニッポンの猫」や「ノラ」などともひと味違う、愛らしさと自立心が同居している猫ばかりだ。本棚の上部には、猫の写真をあしらったマッチ箱が置かれていたり、手作りのミニ本で、猫の写真に詩のような一言が添えられた写真集があったりする。

 この手作り写真集は「路地の猫」以外にもいくつかのタイトルがあり、一冊500円で売られている。どうしても欲しくなり、じっと見比べては、こちらの本は、壁のあの写真があり、あっちの写真は別の写真集に入っている。できれば両方とも欲しいけどなぁ。1000円は予算オーバーだなぁ。などと考えあぐねて、最終的に個展タイトルと同じ「路地の猫」を購入することにした。

 レジに出てワンコインを出すと、横から店主ではない女性(店主もきぷのいい関西弁を話す女性なのだが)が出てきて「オマケ!」と言って猫の装幀のマッチをつけてくれた。この人が、個展をひらいた佐竹茉莉子さんだった。彼女から写真の説明をしてもらい、それぞれの被写体の来歴を教えてもらった。

 ある猫などは神楽坂に住まって顔なじみだったが、いつしか見なくなった。寂しい思いをしていたら、この写真を見た人が先日見かけたと教えてくれて、即座に探しにいって会えたという話。

 猫好きのご主人がノラが家の前を通るので飼いたいと思ったが、奥さんが大の猫嫌いで飼えない。仕方がないので、家のブロックを一部切り取って通りすがりの猫が顔を出せる穴をつくってしまったという話。

 どれも微笑ましい話だ。言いたくなって「僕も猫好きなんです」と言ったら、「わかります」と言われた。そうだよね、こんなにじっくりと見ていく物好きは珍しいだろうから。楽しいひとときを過ごして、店を後にした。
路地の猫20090701-01.JPG
posted by アスラン at 13:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記(電車でカフェ気分) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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