2006年01月28日

しゃばけ 畠中恵

 「しゃばけ」とは何だろうと思っていたが「娑婆気」の事だとは思わなかった。巻頭にいきなり書かれていて意表をつかれた。「俗世間における、名誉・利得などのさまざまな欲望にとらわれる心」という語義が添えられている。はて?これはなんだろう。要するに京極夏彦ではないが「しゃばけ」という妖怪がいると言うことか。それでは「しゃばけ」の引き起こす事件なのだろうか。

 実は本文には「しゃばけ」の文字は一度も現れない。つまり説明もないのだ。結構やさしくない著者だ。割と読みやすい文章。内容的にも引っかかるところがなくツルツルと蕎麦ののどごしのように読めてしまう。ストーリーもわかりやすく親しみやすい。それでいてやさしくないところを残しているのがこの著者の特徴と思う。このやさしくないというのは不親切というのとは違う。分かりやすく親しみやすい小説を心がけていながら、読者に手の内を全部さらしてはいないという事だ。いい意味でのしたたかさと言えるかもしれない。

 いきなり闇夜の描写から始まる。江戸の夜歩きはテレビの時代劇でみるような明るい景色ではない。街頭は一切ないし、町家を外れれば人家の灯一つない。提灯は足下を照らしこそすれ、ちょっと離れた人物も景色も浮かび上がらせてはくれない。お茶の水の湯島聖堂あたりを一人提灯をもって帰りを急ぐ若旦那の状況が江戸の当時はいかに無防備で危ういものであるかを、著者は巧みに描いていく。

 そこに行き会うのは鈴彦姫。つくも神だ。つくも神とは何か。それは器物が百年の時を経て成る妖怪。つまりは器物である鈴が大切に大切に器物としての寿命をまっとうした後に、百年もたつと妖怪に変じるという事らしい。らしいというのは、もういきなりの闇夜、いきなりの若旦那、そしていきなりのつくも神との行き会いというように、話は進められるからだ。つくも神が存在することが当たり前なら、若旦那がつくも神である鈴彦姫と行き会っても意外だと驚きこそすれ、妖怪と出会った驚きなどはひとつもない。若旦那にとって身の回りの妖怪はいつもの存在である。そう分かるのは大だなである店に帰ってからであるが、とにかくそういう世界なのだ。いわば水木しげるの描く漫画のように妖怪が存在する事が前提となっている世界を著者は描いている。

 ならば妖怪はちっとも恐ろしいものではない。では何が恐ろしいか。ここでも恐ろしいのは妖怪ではなく人間だ。知らない人間と夜道に行き会うことこそ若旦那には恐ろしい。それはどうも血の臭いがするとなればなおさらだ。それをやりすごすために、若旦那は機転を利かして別の妖怪の力を借りる。妖怪の力が借りられる身の上が少しはうらやましくもあるが、それよりもその妖怪の力が当てになるかどうかを算段しながら、なんとか辻斬り強盗らしき者をやりすごす描写の臨場感はなかなかのものだ

 夜が明けてみれば、首なし死体がひとつ見つかり、殺されたのは大工だと判明するが大工道具一式がなくなっている。そこからが得体の知れない事件の始まりとなる。ただし、この謎はすぐに解決しそうで先延ばしされる。正直導入部の闇夜の情景の見事さは買うのだが、作品を結末へとひっぱる謎としてはそれほど魅力的な出だしではない。若旦那が行き会ったときに見えた大工の死体には確かに首があったのに見つかった死体には首がない。横溝正史ならどんなにおどろおどろしくケレン味たっぷりに描いたかしれないが、著者の関心はそこにはないらしくサラッと描いて終わる。つまりは最後まで持たせる謎ではないのだなと、ちょっとばかりうがった読み手である僕などは思いこんでしまう。

 ところが一向に謎の結末はつかない。それどころか謎はおいてけぼりで、著者は若旦那の身の回りを描くことに腐心している。若旦那が幼少の頃から祖父がお付きの者として妖かし2名をつけてきたこと。そのせいか若旦那にとっては妖怪の存在は当たり前だし、成長してからも身の回りには手代の姿の妖かし2名以外にもひっきりなしにつくも神のたぐいが出入りしていてなんの不思議もない。


 もうひとつ。ここがたぶん一番の肝心な点だが、若旦那の体がきわめて弱いという点だ。なぜかは後半で明かされるが、若旦那は脆弱な肉体を持っているがゆえの悩みに苛まれる一方で、それゆえに他人に対する優しさに満ちている。そのいわば安楽椅子探偵の変形でもある心優しき人物を主人公に据える事で、単なる妖怪話ではないペーソスと人情味を漂わせた作品となっている。ただし逆に言うと、妖怪そのものに凄みが感じられない恨みが残る。

 そもそも手代の姿をして側を離れない2名の力ある妖怪は、どう考えても異形の恐ろしさは感じられず、「妖と人間とは感じ方にずれがある」と若旦那が事あるごとに確かめるぐらいにしか妖怪が側近である意味が認められない。シリーズ化を前提として今回は登場人物の説明に終始していると言う事かもしれないが、それならば短編の連作集という体裁にできなかったものかとも思う。ある意味若旦那を取り巻く環境や人々および妖かしの話はおもしろく読めるのだが、だからと言ってやはりメインの事件の間延びした感じは最後まで救われてはいないがちょっと残念だった。
(2006年1月25日読了)


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posted by アスラン at 03:46| Comment(2) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 畠中恵の「しゃばけ」のシリーズ、私も読んでます。地味に妖怪好きなものですから・・・(笑)

 正直なところ、恵まれた環境の中で守られて、少女漫画の主人公みたいな若旦那のキャラクターはちょっと苦手なのですが、殺伐としたところがなくて安心して読める本だと思います。

 畠中恵の他の著作は未読なのですが、どんなもんなんでしょうね?もし、読む機会があったら感想を聞かせてください。
Posted by しのきち at 2006年02月05日 14:55
 しのさん、妖怪好きですね。藤木凜読んだんでしょうか?

 僕もシリーズ物としては面白いんじゃないかなと思ってます。この一作でどうこう評価するより、まず読み継いでいけばそれなりに楽しめそうです。

 ところで今日書店に寄ったら、畠中さんの現代物(?)がありました。面白いのかな?ちょっと時代物以外は想像できないですよね。
Posted by アスラン at 2006年02月07日 23:38
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