2009年06月01日

赤毛のレドメイン家 E・フィルポッツ(2009/4/28読了)

 乱歩が選んだミステリー黄金期のベストテン一位に輝いた作品だ。ところが、作者はクリスティでもなければクイーンでもカーでもない。フィルポッツという、日本ではほぼ作品を紹介されることのない作家の作品だった。乱歩は、この作品の持つ雰囲気やトリックにえらく感心したようで、紹介の言葉にも非常に力が入っている。


 今読むとあきらかに探偵がボンクラで、犯人としか思えない人物が目の前にいるというのにいっこうに深入りしないことに、僕は違和感を感じてしまう。最初から、ある先入観をもって探偵は捜査している。捜査のイロハは把握していると偉そうに語ったくせに、その後のふるまいはお粗末そのものだ。恋愛感情をもつと、探偵は本来もつ手腕を発揮できないという、今ではありきたりなテーマはどうやらこの時代から始まっていたようだ。最近読んだ東野圭吾の「聖女の救済」でも、作者はまさにこのありきたりなテーマに取り組んでいる。そこでもボンクラ役が出てくるところをみると、本作の「お粗末」も僕ら読者をいらだたせる著者の作戦と考えた方がいいのかもしれない。

 乱歩が絶賛しただけあって、ストーリー展開はオーソドックスながらスリリングだ(ネタが割れていることを割り引けばだが…)。これを「退屈」だというのは、ミステリーが歴史を重ねる事で充実したエンターテイメントにまで発展した今の世代だから言えることで、本作は明らかに当時一級のミステリーだったのだろう。

 探偵を引退した老人がでてくるところで、俄然物語が動き出す。なるほど、前半のボンクラ探偵にイライラさせられた帳尻は、ここで合うことになっていたのか。しかし、真の探偵というべき老人はその後もボンクラ刑事に捜査をまかせ、自らは事件の発端を遡るためにいったん退場する。ミステリーにはよくある展開だが、老探偵が離れている間に犯人の目的はあらかた達成されてしまう。戻ってきた老探偵が最後に真価を見せて、一挙に事件は解決する。そのときに〈どんでん返し〉が用意されているのは確かだ。

 乱歩は「息つく暇もないほどのどんでん返しに次ぐどんでん返し」と持ち上げているが、僕の考えでは本当に「どんでん返し」と言えるのは、犯人が明らかにされるラストの一回しかない。それも「どんでん返し」というにはインパクトが弱い。若い探偵の推理に対して「まったくまちがっているのが後でわかることとなった」などと語り手が思わせぶりに語るが、読者の予想をひっくり返すほどには意外な結末になっていない。

 最初の殺人で、当初から考えられていたのとは違って、被害者と犯人が逆だったという展開が、あえて言えば「どんでん返し」にあたるのかもしれない。名家の因襲に彩られたドロドロした血の争いに見入られた乱歩には、こういう趣向が見事に見えたのだろう。だが、僕ら読者には最初から犯人像が見えているため、前半のどこをどういじくってみても印象は揺るがない。

 この点について解説者(長谷川??)は、いたってクールな見方をしている。乱歩が黄金期のベストテンを選んでいながら、半分近くがミステリーを生業としていない作家の作品から選ばれたことから、「かなり乱歩の趣味が反映したランキングである」と、やや否定的な見解をしている。極上のミステリーに仕上がってはいるが、乱歩でなければ一位にまで推す人はなかなかいない。乱歩が推さなければ後生にここまで残らなかったのではないかというのが解説者の見解だ。なかなか説得力のあってうなづける。

 その上で、乱歩の作品がそうであったように、たとえ犯人が早々とわかってしまったとしても、ストーリーにもちこんだ趣向の面白さが作品を十分に魅力的なものにする場合がある。乱歩の「陰獣」が良い例ではないか。本作の真の魅力は、ダートマスやコモ湖といった、のどかなイギリスの田舎の雰囲気が非常によく描けている事と、この地を背景とすることで、怪しげでかつ歴史の雰囲気を湛えた名家の連続殺人が十分に味わい深いものになっている点だろう。

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posted by アスラン at 01:49| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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