2009年05月20日

矢の家 A・E・W・メースン(2009/4/18読了)

(以下の文章では、A・E・W・メースン作「矢の家」、S.S.ヴァンダイン作「グリーン家殺人事件」、エラリー・クイーン作「Yの悲劇」に関してネタバレを含む言及を行っていますので、未読の方は読まないようにお願いします。)

 以前に一度読んでいるはずだ。何故読んだかは、今回読んだのとまったく同じ動機から来ている。エラリー・クイーンの「Yの悲劇」はS.S.ヴァンダインの「グリーン家殺人事件」をベースにして、言わば〈改築〉されたわけだが、さらに遡ると、この「矢の家」からリフォームは始まっていたと思われる。これら三作品の類縁に触れていた文章をかつてどこかで読んだ。そのときに興味を覚えて本作を読んだ。ヴァンダインの作品は「グリーン家殺人事件」と言わず、すべての長編を読破するのが70年代の海外本格ミステリーファンのお約束だったが、「矢の家」はよほどの酔狂でもないとなかなか読まないだろう。

 今回読んでみて「グリーン家…」同様、犯人が誰かはすぐにわかってしまうが、結末をどのように迎えるかがまったく記憶になく、ある意味で新鮮なまま読むことができた。そこでわかったことは、「矢の家」と「Yの悲劇」には直接の類縁関係はない。だが、「矢の家」が「グリーン家…」へと移築され、「グリーン家」がさらに「Yの悲劇」へと改築されたのは間違いない。

 ヴァンダインは自らを紹介して「古今東西のミステリー2000冊を読破した」と豪語したが、それはどうやら眉唾だったことが今ではわかっている。だとしても「矢の家」を読んで感心した事は確かだ。では「矢の家」と「グリーン家殺人事件」は、どこが似ているだろうか。

・養女がでてくる。殺人犯だと疑われる。
・毒殺事件が起こる。
・死んだ当主の書斎(あるいは宝物室)にあった毒を入手。
・書斎(宝物室)に鍵がかかっている。
・犯人の殺人に関する知識は、犯罪学・薬学などの文献に基づいている。
・そのために犯人は、まったくの素人でも可能だった。
・被害者は暗闇の中で、犯人とおぼしき人間の顔に触れる。女の顔のようだった。
・犯人の要件をまとめたリストが作られる。最終的にリストから犯人が導きだされる。
・犯人が身代わりを殺そうとする。

 これらの類似点の中でもとりわけ、
・犯人が文献などの知識を利用して殺人を計画した事。
・知識の所蔵場所あるいは毒の入手場所があかずの間である事。
・被害者が犯人の顔に触れる。

の3点は、作品を構成する重要な特徴であり、偶然に似てしまったと言い訳できないくらいの類似点だ。そして、これらは「Yの悲劇」でも踏襲されている。

 ここから一足飛びに「グリーン家…」にリフォームできるわけではない。だから、ヴァンダインが何を捨てて何を付け足したかが重要になる。

 「矢の家」の結末の印象が薄く、かつて読んだはずの記憶がほとんどなかった理由は、読了してすぐにわかった。エンディングに入ると、急速につまらなくなってしまうのだ。本作の特徴として「匿名の脅迫の手紙が田舎町のいたるところにばらまかれ、住人たちの不安をかき立てる。脅迫事件と毒殺事件とはなんらかの関係がある事が探偵によってあばかれるのだが、結末のつまらなさはそれと無縁ではない。

 どうしてもネタを割らずに説明することはできないので容赦願いたいのだが、結末で「単独犯でない」ことがあかされる。そうなると、犯人のねらいはなんだったかがどうしても納得がいかなくなる。町中に脅迫状を送って金をせしめるのが目的であれば、「矢の家」の殺人は犯人たちのメリットと相いれない。そうまでして高い代償を払う必要などないからだ。

 そして単独犯でない以上は、当初の血塗られた陰惨な殺人という雰囲気は一挙に雲散霧消してしまう。ちょうどホラー映画で殺人鬼が姿を現して主人公達を追い回す時のようだ。それまで姿が見えない事自体が恐怖を煽っていたのに、実体が伴った時点で興ざめになるのに似ている。しかも犯人たち、いや首謀者(養女)の当初の目的が愉快犯であって、そこから養母への脅迫状が養母の不倫を探り当てて、さらには養母を脅迫するに至っては展開が不可解としか思えない。

 この後半の部分は探偵アノーの独壇場で、一気に彼の名推理が語られるのだが、どちらかと言うとホームズの得意とした推理法であって、演繹的ではあるが必ずしも論理的とは言えない。いや、核となる部分は確かに論理的だが、犯人たちが何故徒党を組むに至ったかについては推測の域を出ない。

 また全体的なストーリーが時代がかっている事も指摘しておきたい。いちいちアノーのやり方に反感を抱く青年弁護士ジム・フロビッシャーの主観からみた心理描写は、非常に古めかしくかつ煩わしい。養女ベティのか弱さに目が眩んでいるのは最初から読者には一目瞭然だが、こういった恋愛感情に左右される弁護士という設定は、いまのエンターテイメントに慣れた読者から見ると陳腐だ。

 実は作品の構成は意外なほど、「グリーン家殺人事件」に踏襲されている。トリックの組み立て方などそのままと言ってもいい。例えば「グリーン家…」を読むとき、殺人現場となるグリーン家2階の平面図を見るだけで、異様なほどある部屋の出入りが多い事に気づけば、それだけで犯人の目星が付いてしまう。それは実は「矢の家」から持ち越しになっているのだ。もちろん、「Yの悲劇」ではそんなあからさまな間取りは一切省かれてしまった。

 では「グリーン家…」の「矢の家」からの優位性は何かと言えば、二つある。
 ・舞台を都会に移して、都会の中で外界と隔絶した殺人現場(屋敷)を作り出した。
 ・犯人を単独犯にして、あくまで屋敷にまつわる血塗られた連続殺人にこだわった。

 ここに、リフォームの手腕を発揮したヴァンダインの手際の良さ、センスの良さが感じられるのはもちろんだ。「矢の家」のやぼったさは、かなり取り去られた。

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posted by アスラン at 13:01| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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