2009年05月06日

グリーン家殺人事件(秋田書店) バン・ダイン/原作 中島河太郎/訳(2009/3/17読了)

 最初に読んだエラリー・クイーンの小説が秋田書店の「Yの悲劇」だと最近になってわかった。少年だった僕のあの頃の興奮を図書館の蔵書で追体験し、おまけに辛うじて在庫に残っていた新品を購入までしてしまった。そこで一応、僕個人のノスタルジーは完結するはずだったが、「Yの悲劇」を含む「ジュニア版・世界の名作推理全集」というのが、あのミステリー評論家の中島河太郎が監修したものだと知って、他の巻にも関心をおぼえた。特に、全16巻の中にクイーンの作品が2冊も入っているのにも驚かされたが、ヴァン・ダインの「グリーン家殺人事件」も並び立っている事に少々呆れてしまった。

 確かに「グリーン家…」はヴァン・ダインの数少ない長編の中でも1、2を争う傑作だと言われている。名作推理全集に入る事に不思議はない(かもしれない)。しかし「Yの悲劇」と並び立つとなると少々事情が変わってくる。これは原作(創元推理文庫)の感想を書く際に改めて触れたいが、明らかに「Yの悲劇」は「グリーン家…」をベースにして書かれたと言っていいからだ。古めかしい洋館で起きる殺人、いびつな家族関係、そして犯人が殺人を犯すに至ったきっかけ等々、類似点が数多く見つかる。影響関係にある両作品をあえて一つの全集に入れる意図は何なのかと言えば、監修者の趣味だと言う他はない。

 いや、中島河太郎は、本気で当時の最高水準のミステリーを少年少女のもとに届けようと考えていたに違いない。監修者の姿勢を反映してか、「Yの悲劇」は原作の内容を少しも損なわない充実したできばえだった。ところが同じ全集の中の「エジプト十字架の謎」の方は、紙面の都合でかなり内容が編集されていて、微妙なニュアンスが伝わり損なっていた。

 では「グリーン家殺人事件」はどうかと言うと、こちらも「Yの悲劇」同様にほぼ原作に忠実な構成になっている。翻訳は監修者・中島河太郎自らによる。章立ても一部を除き、原作同様と言っていい。ただし、原作にある「シェリー酒と中風」の章が無いのは、少年少女向け作品としての配慮からだろう。それ故に本書では、貴族趣味の探偵ファイロ・ヴァンスの無駄ででたらめな蘊蓄を一切聞かされることがない。つまりは、最もヴァンスらしい部分が省かれているとも言える。骨抜きにされた探偵は、悲劇の女性アダにひたすら優しいおじさんのような存在に成り下がってしまっている。

 しかし、妙な事ではあるが、このジュニア版「グリーン家…」の方が原作よりも、連続殺人の不気味さを湛えているように感じられる。それは何故だろう。原作の解説も書いている中島は、本書の魅力の一つとして犯人を特定するに至るまでの「精緻な推理」を挙げているが、今やミステリー・ファンでこの定説に説得される人は少ないだろう。自身の経歴さえも詐称してきたハッタリ屋の著者が精緻に積み上げたように見せかけた、こけおどしの推理だと考えた方が当たっている。

 だが、原作に多々見られるこけおどしの部分が本書では一切省かれているため、かえって「グリーン家…」のあざといまでに煽りたてた連続殺人の恐怖こそは、今なお読者に訴えかけるものがある。そこが鮮明になっているのが、ジュニア版「グリーン家殺人事件」の特徴と言えるだろう。

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posted by アスラン at 03:57| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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