2009年04月21日

エジプト十字架の謎(秋田書店) クイーン/原作 藤原宰太郎/訳(2009/3/8読了)

 秋田書店版「Yの悲劇」を読んで、一つ宿題が出来た。子供向けとしては異例とも思えるほど原作そのままの内容で、表現だけがわかりやすく書き改めてある。かなり充実した作品に仕上がっていたので、全集(全16巻)の他の作品もそうなのか気になった。そこで、もう二巻だけ借りてみた。バンダイン(ヴァンダインではない)「グリーン家殺人事件」とクイーン「エジプト十字架の謎」だ。

 全16巻なのにクイーンが二冊も入っているラインナップも大胆だが、それ以上に「グリーン家殺人事件」と「Yの悲劇」が揃っているのも、本格ミステリマニアからツッコミが入りそうな取り合わせと言えるだろう(何故かはあえてここでは書かない)。

 「エジプト十字架の謎」の訳者は藤原宰太郎で、「Yの悲劇」の訳者とは異なる。そのせいか、目次をざっとみて原作とは構成が違うのが明らかだ。やはり、あの「Yの悲劇」の充実感に出会えたのは偶然だったようだ。それどころか、この「エジプト十字架…」を読むと、原作の翻案であることがわかる。まず、原作では地方検事と警部というアメリカ特有のコンビが捜査に当たるが、日本の子供にはわかりにくいと思ったのかボーン警部一人しか登場しない。結果としてボーン警部と探偵エラリーが二人三脚で捜査することになる。原作では地方検事を間にはさんで、二人は時に意見が合わない事もしばしばだが、本書ではもめ事は少ない。

 本書のエラリーは、天才型の探偵というよりは失敗を繰り返すアマチュア探偵として描かれる。訳者の主観が多分に翻案に入り込んでいるからだろうが、原作とは微妙にテイストが異なる。たとえば第2の殺人で、殺害現場に置かれた「パイプ」からエラリーが精緻な推理を披露する場面がある。誤った前提から推理した結果、「見事な推理だが間違っている」と指摘されて、面白くなってきたと言わんばかりに前提を訂正した上で新たな結論にたどり着く。いわゆる「二重底の推理」と『エラリー・クイーンパーフェクトガイド』で絶賛されたところだ。

 まさに「エジプト十字架…」の見せ場の一つだが、この児童書では最初の推理に横やりが入ると、エラリーは顔を赤らめて自らの失敗を悔やむ素振りを見せる。つまり、探偵は訳者によって、あらかじめ「天才」の部分を奪いとられ、子供に親しみやすい素人探偵に変貌させられている。

 他のいたるところでも、原作のわかりにくい部分や子供向けには不適切な部分を大なたをふるってそぎ落とした、いわば〈省エネ翻案〉になっている。たとえば、富豪のブラッドの執事の代わりに女中がでてきたり、ブラッド夫人の不倫を匂わせる深夜の密会もないし、何かとスキャンダラスなトラブルを引き起こす秘書の妹は本書ではリストラされて登場しない。

 肝心の推理も省エネだ。ブラッドが誰かと興じていたチェッカーが、日本人には馴染みがないという理由でチェスに変えられた。そのせいでキング(将棋で言う「成り駒」に相当)が盤面から姿を消した。そして、ブラッドの手に赤いシミがついていたのは、赤い駒を相手から奪った直後に殺されたからだとエラリーは推理する。省エネの推理としてはまずまずだが、厳密には「キング」のルールを持ち込まないと、殺されたタイミングを特定することはできない(この点の詳細を知りたい方は「ネタバレ解読」を参照の事)。

 訳者は子供向けにはこれで十分だと考えたのだろう。方法論としては間違いではないが、原作の醍醐味が損なわれたのは確かだ。もし本書が僕の最初のクイーン体験だったとしたら、果たしてエラリー・クイーンにハマっていただろうか。

 そう考えると、改めて秋田書店の「Yの悲劇」に出会えた事はつくづく僥倖だったなぁ。

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posted by アスラン at 12:40| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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