2009年04月05日

利休にたずねよ 山本兼一(2009/2/21読了)

 最新の芥川賞・直木賞が発表された直後に図書館で予約をかけた。今回、直木賞受賞作は2つあって、天童荒太「悼む人」と山本兼一「利休にたずねよ」。天童は人気作家なので最新作「悼む人」はすでに100人近い予約の列が出来ていた。一方で「利休にたずねよ」の方は予約数1人ですぐに借りられそうだった。今の待ち状態を見ると60人近く列が出来ているので、賞を取ったらすぐに予約するスピード感が重要だ。

 芥川賞の津村記久子著「ポトスライムの舟」は受賞当時は出版されてなく、掲載されている雑誌「群像」11月号があるだけだったので、こちらも予約した。すでに5〜6人に先を越されていたが、借りて読むのは時間の問題だと思われた。だが、いまだに借りられない。どうやら僕の前に借りた人が1ヶ月近く延滞している。これは「延滞」というより、がめてしまったのだろう。ひどいものだ。おかげで受賞作3作のうち読めたのは、いまだに本書だけだ。

 君主の機嫌ひとつで「死を賜る」。そんな理不尽な時代が、かつての戦国時代にはあった。それが日本の歴史上とくに際だったのが、関白秀吉が天下統一した後の治世だったのではないか。戦国の世が終わろうとしていた。誰もが夢見た平和な暮らしが待ち受けていたはずだが、秀吉の心の中では尽きせぬ欲望が燃えたぎり、彼と周囲の人びととの温度差が不幸で理不尽な死を生んでいく。

 死に値するとは思えない程度の不始末で、数え切れない人間が首をはねられ、あるいは切腹を仰せつかった。茶の湯の改革者・千利休もその一人だが、なにゆえ茶道の匠が死を賜らねばならなかったのか。不思議と言えば不思議だ。さらに不思議なのは、いや不可解なのは「死を賜る」の語感どおりに、その理不尽に異を唱えずに素直に死を受け入れたとされる点だ。千利休はいくさの相手でもないし、ましてや秀吉に茶の湯を教えた師であるのだ。だが、戦国の世というものは理不尽が理不尽とは思われない、ある種の諦念で満たされた世界だったのかもしれないと、これまでは無理矢理自分を納得させてきた。

 しかし、本書の利休は、そんな理不尽に対して達観もなければ諦念も持ち合わせていない。秀吉のふるまいにただ怒っている。それはもう1ページ目から尋常でない怒り方だ。まさにそこが本書の魅力の一つだ。史実では、「茶の湯」の名のもとに利休が私利に走ったために、秀吉の怒りに触れて切腹する仕儀に相成ったとされる。本書では、利休と秀吉が師弟関係であると同時に、時に秀吉が師を超えるほどのライバル関係にあったという解釈で、利休と秀吉の並々ならぬ緊張感に満ちた関係を描いていく。

 と同時に、道を究めた達人としてではなく、一人の女を想い続けた一人間としての利休の物語をも、著者は見事なフィクションに作り上げている。そのために著者は、「茶の湯」の道を一人切り拓いたと自負し、自らの茶道に横やりを入れたがる弟子・秀吉を恐れることなく見下す利休の切腹直前の日付から始めて、利休から宗易に、宗易から与四郎へと物語を遡る必要があった。何がきっかけでどのように利休が誕生したのかを、その時の時代や出会った人間との関わり合いの中で、まるで見てきたかのように描いていく。遡っていくうちに、過剰な自信家・利休は姿を消し、やがては何者にもなっていない青二才が現れる。「皮肉な事に」と言うべきか、あるいは「だからこそ」と言うべきか、その頃に運命的に出逢った異国の女への叶わぬ想いが、青二才を「茶の湯の鬼」に変貌させた。

 そう、言わば「そのとき歴史が動いた」とでも言うべき瞬間に、利休が「死を賜る」日時は定まった。「死のカウントダウン」をあえて遡って、読者をタイムトラベルに誘う本書の構成は絶妙だ。うますぎる。あざといと言ってもいいかもしれない。

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posted by アスラン at 02:53| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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