2009年03月21日

〈新釈〉走れメロス−他四篇− 森見登美彦(2009/2/14読了)

 それぞれが有名な文学作品であり、誰もが一度は読んだ事がありそうな短編を5篇ほど選んで、著者が新たな解釈で全く違う物語を紡ぎ出している。「読んだことがある」ではなく「読んだことがありそう」と控えめに書いたのは、僕自身読んだことがあるのは3篇だけだったからだ。3篇も読んだことがあると誇れるのか、それとも有名な作品を2篇も取りこぼしているのか、いずれかと言えば後者だろう。本読みを自認するには百年早いわ、と文学の魔物が巣くっている京都の街を渉猟している著者から笑われそうだ。

 読んだことがあるのは、高校時代にいずれも新潮文庫全巻を読破したはずの芥川竜之介「藪の中」と太宰治「走れメロス」。それとかろうじてこの短編だけは唯一読んだ記憶がある中島敦「山月記」だ。一方、読んだことがないのは、今のところ長短篇合わせても一作も読んでないと思われる坂口安吾「桜の森の満開の下」。

 書きながらの余談だが、僕の使っている仮名漢字変換機能ATOKでは、このタイトルは「の」で繋げすぎだと警告が出る。もし安吾がワープロで書いていたら、このタイトルは違ったものになっていただろうか。おそらくならなかっただろうな。この短いタイトルには、「桜」「森」「満開」「下」といった短い単語を「の」の波に乗せて一息で読みおろす心地よさに満ちている。しかも、かつて梶井基次郎が「桜の木の下には屍体が埋まっている」と喝破したのと同様の、春の桜の怪しげな息吹を言い当てたタイトルになっている。たかがプログラムが出したお節介に煩わされる安吾ではないだろう。

 話を戻して、もう一篇は小泉八雲「百物語」だ。うん?小泉八雲だったかな、森鴎外だったかな。まあいいや。とにかく昔からの怪談話にはつきもののエピソードであり、でかいロウソクを百本ともしておいて怪談話を回り持ちで紡いでいって、最後の一本が消えた後の闇の中に怪異が姿を現すという、あまりに知られたお話だ。もちろん、怪談とくれば夏と相場が決まっている。蒸し暑い夏の京都で、お寺の畳敷きの大きな広間に物好きたちが三々五々集まって、百物語の趣向を今か今かと待ち受ける。本当に百本ものロウソクをともしたら、暑くて暑くて叶わないだろうなと、そんな無粋な事を考える無風流なやからが多い。

 それでも集まってきた物好きは、少なくとも日本の、あるいは京都の、自然の、歴史の、文学の、あらゆる有象無象に対する興味を手放すことができない。他の短編で登場した主要人物一同が広間に会するのは、著者のいたずら心のあらわれだが、それ以上にこの短編群の人間たちが、いわゆる「森見ワールド」を介して通底している事を意味している。なんと、あの「夜は短し歩けよ乙女」の主人公二人もカメオ出演している。なんと映画的シークエンスにも目配せした著者のよくばりな下心が感じられて、思わず笑んでしまう。

 最初に書いたが、この短編集はオリジナルの作品そのものの書き直しではない。〈新釈〉とかぶせているが、オリジナルとはまったく違った趣向で、著者の新たな着想で書かれた物語だと言っていい。そうは言っても、タイトルだけいただいて関係はまったくないというわけではないので、オリジナルの文学作品を踏まえた上で読めば一層楽しめる。その意味ではパロディと言い切ってしまう人がいそうだが、これはパロディではないだろう。著者には原作をダシにして「他人の夢を語る」という思惑があるとは思えない。それよりも、まさに京都を描く事をライフワークにした著者が、同じく京都の文化に堆積した文学の地層を掘り起こそうとした「文学的偏愛」あっての物語だろう。

 ところで、「山月記」でオリジナル同様に人ならぬ怪異へ姿と変えた偉才・斉藤秀太郎は、その後のすべての短編に登場する。つまり「山月記」が一番後の話ということになる。もし可能ならば時間軸に沿って並べなおしてから読み直すのも、また一考かもしれない。

 そうそう、思い違いがあった。坂口安吾を一作も読んでないというのは間違っていた。かの名作(迷作?)「不連続殺人事件」を読んでいたではないか。それだけって、やはり著者に「百年早いわ」と言われてしまうかな、やっぱり。

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posted by アスラン at 06:37| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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