2006年01月11日

奇術師 クリストファー・プリースト

 始まりはイングランドを北に向かって進む列車のなかでだったが、ほどなくして、じっさいには百年以上まえにそもそもの事の起こりがあったことを、わたしは知った。

 それはなんの前置きなしにはじまる。主人公の戸惑いそのままに物語の前提やら場所・時間の記述もなくいきなり主人公の心理から始まる唐突さにいささか呆れながらも、読者である僕は主人公と共にやがて途方に暮れる物語の深みにはまろうしている。

 本書はタイトルどおり奇術師について書かれた物語だ。ただしその奇術師は百年以上前に活躍してもうこの世にはいない二人のライバル関係にあった奇術師エンジャとボーデンにまつわる物語なのだ。

 主人公アンドリューは、ボーデンの子孫であるが幼くして養父母に引き取られたので実の父母や祖先にはまったくの関心はないが、ある日見知らぬ女性からボーデンの本が届けられ、いやおうなくボーデンとエンジャの生涯にわたって続いた確執の謎をたどるはめになる。

 各章がボーデンの本、アンドリュー、エンジャの子孫ケイト、エンジャの日記と次から次へと話者が変わるため、次第に謎が解けていくと言うよりはますます錯綜して答えは薮の中にしかないように書かれている。

 しかも本書は純粋なミステリーではなく、SFの要素を巧みに取り込んだ伝奇小説・幻想小説のような仕上がりになっている。それが著者の仕掛けたトリックをいっそう複雑で謎に満ちたものにしているが、同時に手の混んだ一級のエンターテイメントとして読む者を魅了するところでもある。

 SFの要素と書いたが、二人の奇術師が競う演目に「瞬間移動」という当時としては画期的なイリュージョンがあり、そこに発明家ニコラ・テスラ(エジソンと電送システムの方式を争った立志伝中の人物)が実名のまま登場しエンジャに協力するというまことしやかな嘘が描かれている。ここが著者の巧みなところで、瞬間移動というイリュージョンのトリックを科学的に実現するのではなくて、当時としては魔法や錬金術と大差ない世にも不思議な力と感じられた電気という発明を、その当時テスラが世に喧伝した妖しさそのままに瞬間移動自体を現実のものとした装置を違和感なく物語の核に据えてしまう。

 その時点でも「フランケンシュタイン」のようなゴシック・ロマン的な逸脱が感じられるが、さらに著者は電気を超科学(SF)の枠で捉えるだけでなく、百年前と現代とを同一の時空間へと結びつける仕掛けとしても利用している。それが幻想的な後味を読者に与えるゆえんだ。

 一方で、瞬間移動を通常のマジックのトリックとみなした場合についても、著者はボーデンの瞬間移動イリュージョンをエンジャのそれと対比させながら、これまた謎を二転三転させながら描いていく。

 最後は主人公アンドリューの視点からすべての謎が開かされる事になるはずなのだが、実は幻想小説でもありミステリーでもあるこの作品では、謎は一挙にすべて解決するわけではない。ある妥当なる解答が提示されはするが、そこからまた迷宮のようにぐるぐると読者は元来た道を引き返す。クライマックスで描かれる描写の意味をたどるには、もう一度最初の章を読まざるを得ないからだ。すると、さらに第2章、第3章も…。すると再び答えにならない余りが残る。

 いつまでたってもやはりすべての謎を把握することができない。そこがミステリーとしてはもどかしいところでもあり、幻想小説としては味わい深いところでもある。それにしてもボーデンのイリュージョンのトリックは果たしてなんだったのか。そこについては著者は幻想小説よろしく解答を最後まで与えてくれなかったのだ。
(2006年1月8日読了)


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posted by アスラン at 13:44| Comment(0) | TrackBack(1) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Excerpt: 〈プラチナファンタジイ〉 奇術師 今年6冊目。
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