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    2009年03月10日

    Yの悲劇(秋田書店) クイーン/原作 山村正夫/訳(2009/2/28読了)

    (以下の文章では、エラリー・クイーン作「Yの悲劇」の謎解きにちょびっとだけ触れてしまいました。直接犯人が分かる部分ではないのですが、間接的には「分かる人は分かる」かもしれません。どうしても気になる方は読まないでください。)

     「ジュニア版・世界の名作推理全集」と冠がかぶせてある。奥付は昭和57年(1982年)12月初版とある。しかも、まぎれもなくこの本は僕のクイーン体験の始まりの一冊なのだ。ウェブの個人サイトの情報を信じるとすると、この1982〜1983年に出版された「ジュニア版・世界の名作推理全集(全16巻)」は、1972年に出版された「世界の名作推理全集」の改訂版なのだそうだ。だとすると、小学5年か6年に読んだと記憶する本と時期がピッタリ重なってくる。

     なんと中島河太郎が全集の監修にあたっている。そのせいだろうか、「ジュニア版」(今で言うと児童書)にも関わらず、内容は原作と比べても遜色がないほど詳細に書かれている。目次を見ると、原作の4幕構成がすべて踏襲されている。これには驚いた。

     第一の犯行現場で、床にこぼれたタルカムパウダーを踏んだ足跡が、毒殺未遂犯のものか殺人犯のものか、はたまた同一犯によるものなのかを、ドルリー・レーンが明快に解き明かす場面がある。ここは中盤の山場なのだが、この本では端折ってあったと何故か思いこんでいた。そのせいで創元社推理文庫を読んだときに、レーンの精緻な推理に改めて感嘆し、児童書で既に読んでいたから読み控えてきた「Yの悲劇」をもっと早く読めばよかったと後悔したと、別の記事で書いた事もある。だがしかし、今回読んでその部分もきっちりと書き込まれていた事がわかった。

     当時小学生だった僕がもっとも気になったのは、薬品棚に残されたホコリの乱れから探偵が何事かを推理するところだ。それまで、ホームズやルパン、怪人二十面相のたぐいは読んだ事があり、テレビの「キーハンター」「ザ・ガードマン」といったサスペンスの効いたドラマは見たことがあるだけで、これだけ本格的なミステリーに出会ったのは初めてだった。実際に頭で考えて謎が解ける、という感触が得られる本に出会ったのも初めてで、それゆえ探偵がホコリの乱れの位置や棚と棚の間の長さを測るしぐさに、それが何を意味するのか、一生懸命考えた覚えがある。もちろん、当たらなかったのだが…。

     今回再読して驚いたのは、原作の構成を変えていないだけでなく、エピソードのほとんどを省略していない点だ。さらに言えば、子供向けの配慮から原作にない表現を付け加えるという事もしていない。たとえば、よくあるのは第一の殺人でエミリーを死に至らしめた凶器のマンドリンのくだりだ。最近読んだポプラ社の児童書では「楽器(ミャージカル・インストゥルメント)」と「鈍器(ブラント・インストゥルメント)」とわざわざ英語(カタカナ語)を添え書きして、関連性を強調している。 しかし、 とかく日本人には分かりにくいとされる凶器のマンドリンの意味だが、原作でも「先がまるく、するどくないもの」という語義を、辞書で引いて知ったのかもしれないなどと探偵に言わせている。

     必ずしもインストゥルメント繋がりに触れなくてもやり方はあるのだ(そもそも、大人向けの翻訳にしても原語を添えている訳は珍しい)。訳者も監修者もそこのところを十分に理解していたのだろう。現に僕自身、当時読んだ時には「鈍器」と「楽器」の関連にまったくつまづかなかった。つまり、子供向けだからといって、この全集の企画者は侮ってはいない事になる。あるいは「Yの悲劇」1冊だけなのかもしれないので、全集の他の作品も読んでみたい。

     今から思えば、この本に偶然にも出会えた事で、クイーンのすごさを、そして黄金期の本格ミステリーのすばらしさを、生々しく味わえたのではないかと思う。その意味で、訳者にも監修者にも出版社にも、そして今となっては誰だったか定かでないが、この本がいいと言って選んでくれた人にも感謝したい。たぶんだが、その当時行きつけの本屋のおばさんだったんじゃないかな。

     細かい事だが、1982年9月にクイーンの片割れフレデリック・ダネイが亡くなっている。ちょうど間に合ったのか、訳者のあとがきにはダネイの死去にも触れている。当然ながら僕が読んだ1972年版の方にはマンフレッド・B・リーだけが亡くなっていると書かれていたはずだ。その点でも、二人一組の作家がより謎めいた存在として、小学生の僕の夢想を駆り立てたように思う。

     おおっと、見過ごすところだった。リーが亡くなったのが1971年4月なのか。もしかしたらクイーンの片割れが亡くなるたびに全集の企画が持ち上がったのかなぁ。

     さらに細かい事だが、本文に先立って「おもな登場人物」が紹介されている。原作と違って人物のイラストと分かりやすい紹介がセットになっている。その分、登場人物が抜粋されているのだが、律儀にも犯人はちゃんと含まれている。でも、そのせいで「あれれ?こちらは省略されているのに、なんでこいつは入ってるの?」と、大人の目から見るとつっこみやすい人物紹介のページになってしまっている。でも、小学生の、しかもミステリー初心者の僕がそんな事を考えもしなかったのは言うまでもない。

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    posted by アスラン at 13:04| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) |  書評(エラリー・クイーン) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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