2006年01月06日

愛と死をみつめて ある純愛の記録 河野実 大島みち子

 テレビ朝日の特別企画としてドラマ化される。主人公のまことみこの二人を草なぎ剛と広末涼子が演じる事になる。本放送は今年の2月だそうだ。(本当は昨年放送だったらしいが何かゴタゴタがあったらしい。その理由は本書を読むとなんとなくわからないでもないが、詮索はやめておこう。)

 当然ながら副題につけられた「純愛」という言葉が昨今の人気ドラマのキーワードになっているから、今回も流行にのった企画だと言える。ちょうど山口百恵で当たった大映の「赤いシリーズ」もリメイクされたばかりだから、ドラマのディレクターたちはセカチュウやイマアイに匹敵する日本の純愛ドラマを過去に過去にと遡って探し回っているのだろう。そうそう上質の純愛ドラマなどでてくるわけはないから、名作のリメイクの方が手堅いというわけだ。

 今回のリメイクを機会に原作を読んでみようと思い立ったのには個人的な訳がある。本書を原作としたテレビドラマ(1969年放映。主演:島かおり、高橋長英)のおかげで当時小学生だった僕は、その後長い長いトラウマに悩まされる事になったからだ。

 突然だが、小学生の頃、夜眠れず暗闇の中で目が冴えて天井の木目やらシミを眺めながら、得体の知れない恐怖や不安にとらわれて、なお眠れない長い夜を過ごす事がなかっただろうか。大抵は親が死んだら残された自分はどうなるかとか、自分が死んだとしたら、死ぬような目にあったとしたらどうなるかという、言いようのない恐怖や不安であった。

 その中の一番の不安が癌や白血病という不死の病への恐怖だった。テレビ好きの子供だった僕が、大人向けのドラマをかいま見るたびに悲劇の原因としてたびたび遭遇するのが、これらの病だった。とりわけ骨肉腫という言葉がのちのちまで僕の心の根っこのところのトラウマとして突き刺さっていた。その原因となったのが「愛と死をみつめて」というドラマであったのは間違いない

 本書「愛と死をみつめて」は、軟骨肉腫という病気により21歳で亡くなった大島みち子(みこ)と、文通相手からその後恋人となった河野実(まこ)が取り交わした400通の往復書簡からまとめられた本である。当然ながらその真実の記録が読む者の胸を打ってベストセラーとなり、人気に後押しされて映画化・TVドラマ化された。

 当時僕は幼かったから本放送は見ていなかったと思うのだが、繰り返し夕方の時間帯で再放送したので、なんどか見た事があったのだと思う。子供心に、みこの痛々しい片目の包帯姿にショックを受けた。これは原作の注でも書かれているが、軟骨肉腫が進行したみち子さんは手術で左眼・そのまわりの肉、左頬骨、上顎の左半分をとってしまう。そのすさまじく痛ましい姿を実際に映像化するわけにはいかなかったろうが、島かおり演じるみこが顔半分を包帯で覆う姿はそれだけで僕の恐怖心を十分に煽った。

 さらには本書やドラマの反響があまりに大きかったために、骨肉腫にかかった登場人物の顔から骨がむき出しになるという恐るべき描写が出てくる漫画があった。他にも「巨人の星」で星飛遊馬の初恋の相手・美奈さんの爪の間に見える黒い点も骨肉腫の表現だったはずだ。それほど骨肉腫という言葉は当時の一種の流行語となっていたようだ。そんなこともあって、テレビや漫画から素直に多大な影響を受けていた僕は、すっかり骨肉腫や癌という言葉にトラウマをもってしまったのだ。

 トラウマが解消するのは、高校の頃に柳田邦男の「ガン回廊の朝」を読んでからだからずいぶん時間がかかったものだ。「ガン回廊の朝」は国立がんセンターの草創期を力強く描いた素晴らしいノンフィクションで、これを読んだときに自分の中でトラウマと折り合いをつける分別が初めて身に付いた気がする。その意味では僕の中では永遠の名著である。

 話がずいぶん回り道をした。それで僕のトラウマ解消のしめくくりとして本書をぜひ読んでみようと思い立ったのだ。もう小学生の頃のように眠れず闇にうなされる感受性は持ち合わせていない。冷静にトラウマとの決別をするときが来たのだ。

 さっきも言ったが、この本は小説でもノンフィクションでもない。文字通り記録なのだ。大学に入り立ての21歳という二人の男女の、本来なら文通相手から友人そして恋人と歩みをすすめて、ひょっとしたらその延長に生涯の伴侶となる道が開けていたかもしれない人生が、不治の病によっていきなり切断されてしまう。そのむごい現実を彼らの往復書簡が浮き彫りにする。

 これら400通にのぼる二人の手紙は事実がもつ重みをあまさず伝えているし、確かに感動的だと読者に思わせる力を持っている。だから自らの死を自覚しながらなお残りの人生を精一杯生きようとするみこと、それを支え続けるまこという構図だけをとれば「純愛」という言葉を使うのは間違いではないのかもしれない。

 ただそれで終わってしまったらせっかく読んだ甲斐がないので正直に言わせてもらえば、僕はこのいわゆる純愛に感動できなかった。その理由はまこの未熟さにある。

 死を覚悟しているからなのかそれとも女性特有の早熟からなのか、みこの手紙の文面には相手への尊敬や信頼、寛容に溢れている。そして年齢相応に恋人への甘えも途切れることはない。しかし死に直面した瀬戸際にあってなお、まこに辛い場面を共有させてしまった事を申し訳ないと気づかっている

 一方のまこの文面には若い男性ゆえの未熟さが剥き出しになっていて読む者を憤らせる。みこの気づかいには自分への信頼が足りないと説教しておきながら、残りの限りある人生を限りない将来へと望みをもつ事で前向きに生きようとするみこに冷水をかけるように、目の前に迫る死をわざわざ意識させる言葉を差しはさみ、自分はもうみことの将来を諦めたと繰り返し繰り返し叫ぶ

 前半はみこの甘えをたしなめるまこであり、当時はまだ残っていた男尊女卑的な考えにとらわれてはいるが頼りがいのある男性としてみこの信頼に応えていたのが、死期が近づくにつれて一転してまこが甘えてみこが母親のようにたしなめる構図になってしまっている。

 これがみこを鞭打つ結果となり、ひょっとしたら死期を先伸ばしにしたかもしれないのは痛ましい皮肉と言える。もちろん当事者にしか判らない事情や苦悩があった事は容易に推測できるから邪推と言われればそれまでだ。

 ただ往復書簡と言う剥き出しの文章からは、人間の剥き出しのエゴしか立ちのぼってこないという証左であるような結末になっている。まこは、みこの死後数ヶ月後には彼女から託された書簡すべてを出版する段取りをつけている。そこに一体どんな思想を読み取ればいいのか僕には分からない。ただ純愛という構図だけが一人歩きした事だけは確かだ
(2005/12/29読了)


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posted by アスラン at 12:57| Comment(6) | TrackBack(1) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントありがとうございます。
Me-Trueです。
原作は読んでいなかったのですが、医学書の顔面の手術写真を医学書で見たことがあり、それとOverlapさせて考えていました。
アスランさんの書評を拝見し、ドラマだけでなく、原著も確認してみようと思いました。
すばらしい書評、ありがとうございました。


Posted by MeTrue at 2006年02月14日 13:42
Me-Trueさん、こんにちは。

顔面の手術写真ですかぁ。怖くて見られないですねぇ、僕は…。
河野さんの書いた本もあるようですねぇ。最近もまた出したようですし。
まあ、みち子さんの肉声(手紙の)が伝わる書簡集が一番いいと思いますけどね。
Posted by アスラン at 2006年02月18日 01:51
納得できる書評です。
しかしみち子さんの普通の言葉でありながら重みを感じてしまうのは、やはり凝縮された人生を送ったという事実からでしょうか?
”「愛と死を見つめて」終章”というのも読んで見ましたが、マコ氏の文章はストレート過ぎて、みち子さんのなにかぼんやりしたイメージを強引にはっきりさせようとうしている感じで、読後の後味はあまりよくありませんでした・・・
しかし、出会いから本書までの空白の時間がはっきりしてそういう意味では読んでよかったです。
Posted by 0362go!! at 2006年03月25日 11:10
0362go!! さん、コメントありがとう。

凝縮された人生を送ったかどうかはみち子さん本人しか知るよしもない事だと思うのですが、往復書簡という形で僕らに訴えかけるものがあるとするならば、それはみち子さんが残されたわずかな時間の中で、ありのままの自分ではなくあり得べき自分を相手に見せようとした、その思いもかけない力強さにあるような気がします。

 もっと言ってしまえば、残された時間が人並みであったならば自分はこうも成長できた、こうなれたのだという思いこみから、是が非でもそうなるのだというみち子さんの強い信念が書簡の言葉からたちのぼってくるのを感じました。

 河野さんにとっても、あれから40年以上も経っているという時間の流れはいかんともしがたいのではないでしょうか。歳をふるという事は、若き日の出来事をおさまるように心におさめていくしか生きていけません。それゆえに彼の中で薄れていくみこのイメージをつなぎ止めるには強烈なコントラストで再構成していくしかないのかもしれません。
Posted by アスラン at 2006年03月26日 00:32
お返事ありがとうございます。
私も実は「肉腫」というものに大きなトラウマ
があり、私の場合、「サインはV」のジュン三ダースの骨肉腫です。あんなに元気な人間までも蝕んでしまう恐ろしい病気、いつ自分がかかるか・・・という恐怖感。今でもそんなトラウマに陥ることがあります。
私も是非「ガン回廊の朝」を読んで見たいと思います。
Posted by 0362go!! at 2006年03月26日 12:29
0362go!!さん、ふたたびコメントありがとう。

ああ、そうだった。肝心のドラマを忘れてました。范文雀扮するジュン・サンダースが突然死んでしまう「サインはV」での展開は確かにショックでしたね。ドラマが1970年放映ですから、思えばあの「骨肉腫による死」も「愛と死を…」の影響だったんでしょうね。

ところで范文雀さんの綴りをウェブで検索して初めて2002年に亡くなられていた事に気づきました。いや失念してたんでしょうか。遅ればせながらご冥福をお祈りします。

「ガン回廊の朝」ぜひ読んでください。オススメします。
Posted by アスラン at 2006年03月26日 23:30
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テレビ朝日のドラマ 愛と死を見つめて 
Excerpt: テレビの番宣を見て驚いた。 草薙剛と広末涼子の「愛と死を見つめて」?? ?『マジ?????』と思った後で、 しばらく経ってから、 『あれっ??どこの局だったっけ??』 困った..
Weblog: Me-True なりたい自分になるためのブログ
Tracked: 2006-02-14 09:46
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