2009年01月26日

絶対帰還。−宇宙ステーションに取り残された3人、奇跡の救出作戦− クリス・ジョーンズ(2009/01/10読了)

 朝日コムを拾い読みしていたら、若田光一さんが再びスペースシャトルに乗り込み、国際宇宙ステーション(ISS)で長期滞在のミッションに向かうと書いてあった。今回のミッションでは、ISSで使用する太陽電池パネルを取り付けて、その後ISSに滞在する。次のミッションで日本が開発した実験棟「きぼう」が運ばれる予定なのでその準備も行う。

 実はつい最近まで「へぇ、そうなんだ」程度で読み過ごしていたように思う。人類がアポロ11号で月に到達したアポロ計画までは非常に大きな関心を持ってきたくせに、最近の宇宙ステーション計画の進み具合については無関心とは言わないまでも、関心が薄かったのは確かだ。その理由は、この計画がかなり長期にわたる壮大な計画であるために、アポロ計画と比べると到達点が見えにくい事が挙げられる。宇宙計画をおもしろさで測るのはいただけないが、未知のフロンティアに向かうのでなければ、あるいは派手な船外活動などがなければ、宇宙で暮らすという事がそれほど面白いというわけではない。そう思っていた。

 映画化されたアポロ13号の事故とドラマティックな帰還はリアルタイムにニュースで報道されたから、よく記憶に残っているが、今となっては記憶に残る宇宙開発史上最悪の事故はスペースシャトル「チャレンジャー号」の打ち上げ失敗だろう。打ち上げ開始18秒後にクルーの家族を含む多くの観客が見守る前で、チャレンジャー号は大爆発を起こした。シャトルと思われる物体が大きく二つの煙となって分かれる様子をテレビカメラはしっかりとらえて、地球規模の観客の記憶にしっかりと焼き付いた。

 それと比べると、その後いったんは停滞した宇宙開発が再開され、安全性が高まったはずのスペースシャトルが再び僕らの目の前から姿を消した「コロンビア号」の事故は、圧倒的なほど風化したと言っていい。その原因はハッキリしている。大気圏に再突入するシャトルは、電離層を越える約5分間ほど、地上との連絡が取れなくなる。地上の管制官からの問いかけにシャトルのクルーからの応答があって初めて、シャトルは無事地球に帰還したと言える。

 その〈魔の時間〉に消息を絶ったコロンビア号の事故は、チャレンジャー号と比べて悲惨さが伝わりにくい遭難事故の一つにおさまってしまった。その後墜落現場の惨状が電波に乗って全世界を駆けめくれば、また印象は違ったものになったかもしれない。しかしコロンビア号の残骸はクルーの遺体とともにアメリカ全土を覆うように散り散りになってしまった。その悲惨さは、頭の中で想像すれば最悪な中でも最悪だと解るはずだが、一視聴者にとっては記憶の彼方に追いやられる災厄の一つにすぎない。

 ましてや、忘れ去られると約束された事故の、さらに影に過ぎないISSの長期滞在者たちのドラマなど、あった事さえ知らないのが普通だろう。地上では事故の責任追及とともにNASA不要論まで巻き起こった。その理由のひとつとして「ISSの長期滞在者たちは大した事をしていないのに、滞在を長引かせるだけで米国国民の税金を浪費している」という批判だった。そして、これがISS計画への無知と無理解から来ていることは本書を読めばよくわかる。クルーたちの日常は僕ら同様に多忙を極めている。さらに言えば、彼らは自らを実験台として「人間が宇宙に暮らす」ということを現実化するための壮大な実験をおこなっているという事を忘れてはいけない。月に到達したアポロ11号のクルーと同じように、彼らは今なお人類のフロンティアなのだ。

 帰るあてのない3人の滞在者たちには様々な問題が起こってくる。宇宙でも地上と同様に想定外の事が起こる。違うのは宇宙ではステーション内の人間(たった3人)とステーションにある物で解決しなければならないという点だ。そこに物理的にも精神的にも、様々なフロンティア精神が試される事になる。

 船外活動が当事者の気分を高揚させる事を本書で初めて知った。最初に船外活動をしたロシアの宇宙飛行士は「戻れ」という指示を無視して、できるだけ宇宙空間に居残ろうとしたそうだ。また、別のミッションでは船内から船外活動を見守っていた飛行士が、どうしても外をのぞきたくなって、扉から外をのぞき込むうちに船外に飛び出したのに気づかなかった。命綱が宇宙船に固定されていない事に気づいて我に返った飛行士は、宇宙の塵になる寸前で船外活動者に助けられた。宇宙には何か魔力が潜んでいる。

 このミッションでも、ステーションの外壁に組み込まれたアンテナを外に出してセットする作業が予定されていた。しかしどうしてもアンテナがはまりこんでいて出てこない。ならばどうするか。簡単な事だ、ハンマーで叩けばいい。えー、叩くのかよ。思わず驚いてしまった。精密機械やハイテクの集積であるステーションを荒っぽく叩く。しかし米国の備品のハンマーは脆弱だ。一方、ロシアのハンマーは実利優先の重くてしっかりとしたものだ。ハンマー一つとっても国民性が見えてくる。叩くと言っても船体が振動するため、一度叩いたらしばらく間隔を置いて再び叩く。やはり地上とは違う一大事なのだ。

 彼らの帰還は紆余曲折あって、ロシアのロケットで次のISSクルーを打ち上げて、入れ替わりに3人が戻ってくるという苦肉の策で実現する。しかし次のクルーにしてもシャトルで往復しないかぎりは長期滞在に必要とする物資を持っていけない。当面は3人体制ではなく2人体制でいく事になり、数年後のシャトル打ち上げ再開までそれが続いた。

 紆余曲折のクライマックスでは、コロンビア号の悲劇にならうかのように彼らの帰還もアクシデントに見舞われる。ソユーズの帰還船は、何故か「弾道落下」というミサイル並みのスピードで大気圏突入するように設定されてしまった。そのため無重力の生活に慣れて地球の重力でさえ逆らう事ができない体になってしまった彼らに、12Gというきわめて厳しい重力が加わってしまう。

 もちろん大事には至らなかったから「絶対帰還。」などと言うタイトルの本になったわけだが、なかなかにスリリングな宇宙滞在であったわけだ。原題はToo Far from Homeで「故郷はあまりに遠く…」と言った余韻を漂わせるタイトルだが、それがセンセーショナルな邦題になってしまったのは少々残念な気がする。そうでもしなければ書店で手にとってもらえそうにないという出版社の思惑があってのことだろうが、実はこの原題には著者の仕掛けがあるのだ。

 帰れなくなった3人の宇宙飛行士たちが「故郷」と言うからには地球の事だと誰しも思うだろう。ところが、この故郷は慣れ親しんだISSの事を指している。彼らは滞在が長引くに従って、地球に、家族の元に帰りたいという思い以上に、このISSの滞在が長引く事を望むようになっている自分たちの心境に気づくようになる。帰還が決まった後は、ますます「二度とは戻ってこられぬ場所」という喪失感に近い感情を抱くようになってしまう。これは宇宙開発史が始まって以来、アストロノーツたちが共通に抱えてきた思いのようだ。ここに、僕らがまだ触れる事のできない「未知なる世界(フロンティア)」が潜んでいる。

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posted by アスラン at 01:07| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私は小学校の教員をしています。学生時代から読書(本)にはまり、学級だよりや研修の
まとめなど文章を書く機会がわりと多い仕事す。ですから、自分の書く文章には、いろいろと配慮をして書いているつもりです。
ほかの人が書く文章には、とても興味があります。
 アスランさん、あなたはとても文章がうまい方ですね。言葉の一つ一つになみなみならぬ読書量を伺うことができました。
子育て、おたがいがんばりましょう。

Posted by まっちゃん at 2010年02月11日 09:26
まっちゃんさん、コメントありがとう。

教員の方にお褒めいただき恐縮です。
作家の佐藤正午さんの「書かれた小説とはじゅうぶんに書き直された小説である」という名言をもじって、「書かれた書評はじゅんぶんに書き直された書評である」と言えるように工夫してきたつもりですが、最近は読了数に対して書評数が追いつかないので、少し「書きっぱなし」の文章が増えてきました。まっちゃんさんのような方に読んでもらえるよう、自戒しないといけませんね。

子育ての事も、もうちょっと書いていこうと思います。よろしく。
Posted by アスラン at 2010年02月12日 12:57
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