2009年01月01日

国際シンポジウム小津安二郎−生誕100年記念「OZU2003」の記録− 蓮實重彦編(2008/11/15読了)

 もう昨年になってしまったが、NHK−BSで黒澤明の全作品30本をすべて放送する企画が一年をかけて行われた。2008年が没後10年にあたるからだ。いろいろと録画しては観たり、DVDに保存したりした。特集番組の一つに、亡くなって後に古くからの友人でもある淀川長治さんへのインタビュー番組があった。ほとんどが以前に淀川さん本人から聴いたり、著書で読んだりした事ばかりだった。淀川さんの持論では「黒澤明は世界に共通する映画の言葉を持っていたから世界中に受け入れられた。小津さんの映画は立派だけれど、受け入れにくい。そこが違ってた。」と語っていた。

 確かに小津安二郎が世界に認められるのには時間がかかったようだ。それは小津の評価が国内でも定まらなかった事からも言える。定まらなかったと言うよりは戦後の映画批評が政治やイデオロギーに影響された時期に、小津監督を「失われた日本の伝統美や格式などを芸術的に描ききった名匠」と捉えるか、「古臭い日本固有の因襲や日本人の情緒に固執した保守的な監督」と貶めるかに分かれたと言うべきかもしれない。

 今回のシンポジウムの仕掛け人である蓮實重彦の言葉によると、映画批評を牽引してきたフランスの「カイエ・デ・シネマ」でさえ、70〜80年代にかけてようやく小津を語る言葉を発見したと言っている。それが今や世界的に「Ozu」は人気らしい。このシンポジウムに参加した若手監督の青山真治や黒沢清も、海外で自作を見てもらうと「小津映画と似ている」と言われた経験があるそうだ。日本人からすると作風に何一つ共通点など見られない彼らの作品に小津の影を見ると言うことは、一つには小津の映画を通して日本文化や日本人の精神を読み取ろうとする批評家が国外には多い事の表れかもしれない。

 生誕100年の記念イベントを国外で先にやられてしまうのは何としてでも避けたいと、今回の企画を発案した蓮實重彦以下、評論家山根貞夫、映画監督吉田喜重の三人が「小津を懐かしむ事だけはやめよう、今でも生きている作家として小津を語ろう」と国内外の関係者に呼びかけたのは、まさに「小津の映画を通して日本を見る」流れに対して異議申し立てをしようという試みだった。

 そういう意味で小津の特異性を語るシンポジウムにはふさわしい顔ぶれが揃ったと言えるが、一方で益々、小津映画を懐かしむ人々と小津映画に幻想を抱いていない人々との間にギャップが広がっていると感じさせるシンポジウムであった事も確かだ。「女優に聞く」というセッションで岡田茉莉子たち出演女優に話を聞く際に、司会者の蓮實重彦は、女優たちの記憶から小津の映画に対する方法論や哲学を一つとして見逃すまいと手探りする。しかし一方で、小津は出演者に手の内をすべて明かしてなどはいないはずだいう軽い侮りが司会者にあるようにも感じられる。司会者と女優との温度差は、言ってみれば生誕100年を迎える監督から「懐かしさ」を奪い去って「今を生きる監督」として語ろうという狙いの不自然さにある。

 たとえば小津の映画では、二人の人物が向かい合って対話する場面で、カメラを切り返した二人の視線が決して交わらないというのは誰もが指摘する。そこに何事か重要な思想を読みとる映画批評もあれば、今回の参加者の一人である崔洋一監督のように、若い頃から馬鹿正直に小津の映画の「交わらない視線」に違和感を感じ続けた映画人もいる。小津とその映画を簡単に持ち上げたりはしない崔監督にしても、小津作品の撮影監督を長くつとめた厚田雄春の「(小津)監督は、視線については無頓着だった」という証言を「とんでもないことを言う人もいる」と一蹴している。

 海外から招待された映画批評家の様々な意見は意外なほどに面白くない。どうやら僕が聞きたい(あるいは読みたい)のは、「いまなお輝きを失わない小津監督の意味」ではないらしい。このシンポジウムの熱気あるいは齟齬のような空気感を会場で感じる事ができなかったのは残念だ。まだ映画フリークであった2000年以前であれば、僕もきっとこのイベントに参加していたはずだ。そこでしか感じられないものもあったかもしれない。

 この本で何よりホッとさせられ、心から感動させられたのは、自作「ファイブ」を小津に捧げたというアッバス・キアロスタミ監督の短めの手紙だ。体調が思わしくないという理由から司会者(蓮實重彦)が代読して、読み終わるやいなや「感動した」といつものように感情の高ぶりを言葉にこめることなく司会者は言い切っていたが、間違いなく会場にいた小津映画を愛するすべての人たちは、小津を「懐かしむ」事が「愛する」事と同義である事を否定することなどできないと実感したに違いない。

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posted by アスラン at 02:42| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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小津安二郎 さんま
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