2008年12月16日

アンドロメダ病原体 マイケル・クライトン(2008/11/18読了)

 マイケル・クライトン作品との付き合いは長い。最近ではもちろん「ER救急救命室」だ。ファーストシーズンからずっと見てきたので、制作に携わったクライトンが「とにかく視聴者が不安になるドラマにしたかった」とねらいを語ったメイキングでの一言が印象に残っている。育児でなかなか続きを見られないが、グリーン先生が去った第8シーズンまではDVDを購入してきちんと見ておきたいと思っている。いまのところ第7シーズンを見ている途中で子供が生まれて、以来足踏み状態が続いている。

 その前は「ジュラシック・パーク」だ。スピルバーグの映画の事ではない。そちらはきちんと観てないかもしれない。少なくとも映画館では見ていない。でも原作には関心があった。琥珀に閉じこめられた細胞からDNAを採取して、クローン技術で恐竜を現代に蘇らせることが本当にできるのなら、これほど夢を感じさせる話もないなぁと興奮したのだ。その後、クローンに必要なDNAを抽出するにはかなり厳しい制約があることがわかった。琥珀の中の細胞片程度では現実にクローンを作るのは無理だとわかってちょっとがっかりした。しかし最近になってマンモスの子供の遺体が凍土の中から発見されたために、俄然ジュラシック・パークの夢が現実味を帯びてきた。

 ところで「ジュラシック…」は暇にあかせてペーパーバックスで読んだ。ストーリーが分かりやすかったので面白く読めたが、気になる点があった。バイオ技術を専門にする日本のベンチャー企業が登場するのだが、その社員の名前が「ハマチさん」というのでガックリきたのだ。他の日本人もかなり変な名前だった。日本人のアドバイザーがいなかったのだろうか?相談すれば無難な名前はいくらでも選べたはずなのに。きっと日本で売れるなどとは考えてなかったのかもしれない。ただ、そんな迂闊さが知的な風貌の著者らしくないなぁと思ったのだ。

 さらにずっと遡ると「ウェスト・ワールド」という映画が出てくる。ユル・ブリンナーが人間の命令を無視するアンドロイドのガンマン役で出演している。彼を除くと他に名の通った俳優は出演していない。ロボット相手に楽しく遊べる最新の遊園地のはずが、ロボットたちが自分勝手に動いて主人公たちを殺そうと追いかけてくる話だった。テレビでなんども見たので印象にのこっているが、まさかクライトンの監督作品だとは思わなかった。そもそも作家で知られる彼が監督までこなしてた事に驚かされる。

 たしかに、クライトンは早くから小説だけでなく脚本や原作で映画業界との関わりを持っていた。最初の代表作が「アンドロメダ…」だ。これは「サウンド・オブ・ミュージック」のロバート・ワイズが監督したSF映画だ。そういえば最近やたらと宣伝している「地球が静止する日」も、かつてロバート・ワイズが監督した映画のリメイクだ。「アンドロメダ…」の原題は小説のタイトルと同じだ。ちゃんと訳せば「アンドロメダ病原体」になるはずだが、なぜか映画の邦題は「病原体」の部分を「…」を用いて省略している。原題の「strain」の訳が難しかったのか、それとも「病原体」ではタイトルが堅すぎると思ったのか。「…」の意味は今もって分からない。

 映画は小学生低学年の頃にテレビで観ている。内容がちょっと難しかったせいだろうか、断片的な記憶しかない。未知の病原体に汚染された町の住人がことごとく血液が瞬時に固まって死ぬ。わずかにアル中の老人と泣きわめく赤ん坊の二名の生存者を残して町は全滅する。何故2人の血は凝結しなかったのか、彼らの共通点はなんなのか。それが物語の最大の謎なのだが、実は最後まで小学生の僕にはよく理解できなかった。

 理解できなかったのは、実は共通点などなかったからだ。2人はそれぞれに、死んでいった他の住人とは違う状態にあった。その違いは老人と幼児とではちょうど逆向きなのだが、違うという点が重要ならしい。だが、そのことだけが生死を分ける事になったという事に、当時の僕はショックを受けた。と同時に都合が良すぎるとも感じた。

 今回原作を読んで、あの当時よりもさらにご都合主義の謎解きだと感じた。だが、あの当時、この小説はベストセラーになり、それだからこそ映画化され、映画自体もヒットしたそうだから、当時は設定や展開がかなり新鮮だったのだろう。ただし今読むとどことなく古めかしい。地下5層からなる実験施設のすべての制御は、最上階にあるコンピューター1台でまかなわれていて、各階の端末から入力されたコマンドを受け付けると、タイムシェアリングでたった1、2秒の間に計算してくれると、管理責任者が自慢げに話す場面がある。たかだか30年の間でコンピューターが予測もつかないほど高機能化したために、当時最先端の話題を取り上げたにも関わらず、すでに陳腐化してしまう。つくづくクライトンは流行作家だったと気づかされる。

 まだ医学生時代に書いた若書きのせいで、今読むとエンターテイメントとしての面白味は薄い。頭でっかちの学生らしく、医学用語や哲学的考察が続くところに躓く。災害が終息した後でまとめられたレポートという形式でリアル感をだしてはいるが、一方で、「このときはまだ彼は自らのミスに気づいてなかった」式のルポの語り手の先走りは、この非常時の緊迫感を損ねている。

 ではこの作品の良さは何かと言えば、地球外からやってくる病原菌による集団感染(アウトブレイク)を誰よりもいち早く取り上げたという先見性につきる。しかも目に見えず、広範囲の地域で大量の死者を出す災厄を直接描くのではなく、危険度で階層分けされた実験施設という閉ざされた空間内でのサスペンスに移し変えた点はすばらしい。これは、その後の閉空間でおこる数々のSFサスペンスのお手本となったと言ってもいいだろう。

 変わっているところがあるとすれば、アウトブレイクの難題はある理由からあっさりと片づいてしまい、クライマックスは実験棟の自爆をいかに回避するかというアクション映画さながらのスリル&サスペンスドラマにすり替わる点だ。映画では、自爆装置を解除する端末が存在する階層になんとか移動しようとして、主人公はセキュリティのレーザーから逃げまどう。映画としてはドラマティックだった事は確かだが、原作では殺人ガスが噴射されると書かれていた。これでは主人公の英雄的行為も叶いそうにないなぁと、原作者の冷静な底意地の悪さを感じてしまった。もちろん原作でも主人公はガスで意識を失う直前に、ちゃんと自爆のカウントダウンを解除するのだけれど…。

 ところでクライトンの「お弔い読書」で本書をたまたま選んで読んだのだが、米国ではテレビドラマとして「アンドロメダ病原体」を最近リメイクしたそうだ。クライトンの死を悼んで作られたわけではもちろんなくて、テレビドラマ化とクライトン死去のタイミングが重なっただけの事らしい。スターチャンネルプラスで2009年1月24、25日に前後編で放映される。タイトルは何故か「アンドロメダ・ストレイン」。興味をそそられるが、CSは見る手だてがない。吹き替え版では森川智之が主人公の声をあてているということで、彼のファンである会社の同僚がどこからかツテをたよって見る(いや、聴くかな)かもしれない。そのときは感想を聞いてみるとしようか。

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posted by アスラン at 12:49| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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