2005年12月27日

紙婚式 山本文緒

 相変わらず山本文緒はうまい。そしてずるい

 うまいというのは言うまでもなく男女の際どい風景を手際よく描いているところだ。そしてその際どい場面における男女のありがちな内面を分かりやすく提示してみせてくれるところでもある。いや、ありがちと書いたがそこには著者なりの突き放した見方が入っていてなかなか一筋縄ではいかないのが山本文緒ワールドの男女の内面と言っていい。

 例えば「土下座」は、夫婦の荒んだ関係を夫の独白で描いていくが、かなりホラーめいてる内容で読んでる側の心を不安にさせる。わがままな性格を承知した上で、相手の親に土下座までして結婚した妻なのに心がすれ違う。妻への懲らしめがきっかけで夫がセックスを拒むようになると妻が壊れ始める。その精神の壊れ方が尋常でない

 最初はよくある夫婦喧嘩であり犬も食わない。黒のランジェリーで誘うのはまだ笑える。しかしコンドームの箱が大量に枕元に置かれてるとなると笑えなくなる。遅く帰宅した夫を欠かさず待っている妻の笑顔と手料理。妻が目を離したすきに覗き込んだシチュー鍋にはゴキブリが…。となると、もうこれは「ありがち」から「あってはいけない」夫婦の風景のただ中にいつの間にか読者は連れ去られているのだ。しかも夫にとっては生き地獄、無限地獄でしかなく、それは夫婦である限り終わることはない。

 夫婦であるかぎり終わらないのは「子宝」の妻にとっても同じだ。政略結婚と承知の上でいっしょなったのに夫は優しい愛情をそそいでくれる。そのおもいがけない愛情に幸せをかんじていたのに夫には愛人がいて子供までいると知る。両親もそれを承知で縁組した。

 妻は夫にも実の両親にもうらぎられていたと知って絶望し、夫の子供を産む事を拒絶しようと決意する。ただの世間知らずと笑いとばしていた夫との間も、妻が義理の祖母の臨終の場を逃げ出してからは取り返しのつかないすれ違いを産む。「土下座」と裏返しのように「子宝」の妻にも逃れられない地獄が続く。

 ならば何故別れないのだろう。いやそもそも何故結婚したのだろう。答えをださないまま著者のシニカルで突き放した文章は、さらに「おしどり」「貞淑」「ますお」「バツイチ」とタイトルからして安穏としてられそうにないシチュエーションを書き継いでいく。

 著者がずるいのはここからだ。冒頭の「土下座」「子宝」であれほど怖がらせておきながらラスト2編の「秋茄子」「紙婚式」で落とすなんてホントにずるい。

 「秋茄子」は内容的には「二世帯」というこれまた不穏なタイトルになるはずの短編だ。夫の両親との二世帯同居を始めたのに交流が一切ない。夫も気にしていない。妻のやるきが空回りしてついに義母に会いに行く。そこで夫のそしらぬ表情の奥に押し込んであった心の闇をかいま見る。ただしそれが決して自分に心を閉ざしたわけではないことに妻はホッとする。そして読者である僕自身もここに来てやっと人心地つくのだ。

 「紙婚式」は別れゆく夫婦の風景を描いた短編だ。ただし別れるのに十年かかった夫婦の話だ。そもそもが互いのライフスタイルに一切干渉せず、婚姻制度にも縛られたくないから入籍もしない。端からみればまさにルームシェアとしか言えない二人が理想的な夫婦形態だと公言し続ける。やがて当初のカップルとしての熱情は消え去り、夫婦としての拘束がない分互いに好きな事を好きなようにやるだけの生活はもはやルームシェアそのものと化してしまう。ただし拘束がない事が夫婦としてのけじめと正面切って向かい合う機会を奪ってしまう。それが十年という年月だ。

 妻であるはずの女性の目から見た夫であるはずの男性へのまなざしは、互いに干渉しないという一見現代風の婚姻のきめごとに縛られてしまい、自分の気持ちが気楽そうに見える夫へのそねみなのか嫉妬なのか名付けようもなく悶々とする。出した結論が離婚(=ルームシェアの解消)なのだ。

 男性は彼女の結論に同意して彼女が引越する事になるが、最後に男性なりに出した結論が用意されている。それが何かは面白い事にすでにタイトルに現れている。結婚一年目をことほぐはずの祝い事が十年目の彼らにどういった意味をもつのかは、読めば明らかになるだろう。しかもこの短編集を通して読めば、表題でもありラストでもあるこの短編のもつ意味が、一見突き放したような視線にこめられた著者なりの結婚に対する批評にもなっている。

 本当にうまい構成だ。ちょっとできすぎで「ずるいなぁ、あざといなぁ」と考えるのは僕だけだろうか。そもそも結婚という連作における様々なシチュエーションの創出に驚かされるだけでなく、押しつけない程度に実はさりげなく著者の結婚観を語っているエッセイとしても読めなくもないのだ。

 そういう意味ではケチをつけるところがあるとすれば、登場人物の内面はシチュエーションごとに異なった人物のものとはあまり感じられない。なかに著者が入っていて言いたい事を言っているように感じられる。解説者も書いていたが、著者と居酒屋で飲んで楽しく語っていると「その話、小説になる!」と著者は思いついてしまうようだ。つまりは、やはりシチュエーションを借りたエッセイと考えてもあながち間違いではないようだ。

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posted by アスラン at 12:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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