2008年11月25日

いやいやえん 中川李枝子/さく,大村百合子/え(2008/11/2読了)

 10月に三鷹の森ジブリ美術館に家族三人で行ってきた。そこの小ホールで毎回上映されるショートアニメが楽しみの一つだ。前回、夫婦二人で見に行ったときは「となりのトトロ」の番外編で、メイとねこバスの子供との交流を描いた楽しいジブリらしい一編だった。今回は絵柄がジブリらしくない「くじらとり」という作品で、ちょっとがっかりしたのだが、見てみるととっても楽しい作品だった。しかも舞台が「ちゅーりっぷほいくえん」で、そこに通う子供たちが主人公だった。子連れで3人になった家族が見るにはまさに最適な一本だった。

 エンディングで原作のタイトルが見えて、おもわずあっと声をあげそうになった。「いやいやえん」。そうだったか。その直後に図書館で本書を借りて、ジブリのアニメの絵柄が原作の絵に忠実だということがわかった。とってもシンプルなタッチだが、子供らしいかわいらしさとにくたらしさと、無邪気さと無邪気な悪意が、シンプルな絵柄に込められている。

 実は原作を図書館から借りずとも実家の書棚に蓄えている。いや、いたかな。ひょっとして結婚して立川に移ってくる前に大量の蔵書を処分した際の一冊に入っていたかもしれない。記憶が確かならば、高橋源一郎の「文学がこんなにわかっていいかしら」の中で、中川童話のすばらしさ、特に「いやいやえん」のすばらしさが描かれていたのではなかったかと思う。気に入った書評本に感化されやすい僕は、さっそく他の紹介本数冊と一緒に買い込んだが、結局読むタイミングを逸して死蔵してしまった。

 主人公はちゅーりっぷ保育園に通う園児たちだが、その中でも特に「しげる」という男の子が中心になって描かれる。しげるは毎朝お母さんに連れられて保育園にやってくる。決していい子ではない。保育園には守るべき約束が100個ぐらいあるが、ことごとく破ってはものおきで反省を迫られるような、やんちゃな年頃の男の子代表のような存在だ。何故かお父さんの影が見えないから、ひょっとして母子家庭ゆえのきかん気、寂しさを著者は少しだけ暗示しようとしているのかもしれない。

 「くじらとり」は短編で構成された本書のお話の2番目か3番目にあたる。この作品のすばらしさは簡単に言える。年長の男の子たちがブロックで組み立てた船で、今まさに航海にでる算段をしている。年下のしげるも仲間に入れてもらいたくて仕方がないが相手にしてもらえない。おまけに、「君(「きみ」ってちょっと冷たい言葉だよなぁ)が立っているところはすでに海なんだから、境界線(教室のしきり)から入っちゃだめ」と言われて、すごすごとしげるや他の園児たちはひきさがる。ここから怒濤のように保育園全体が園児たちの空想の現場となって、あれよあれよと教室は海水であふれ、ブロックの船は帆をあげて「くじらとり」の航海へとでていくのだ。

 ここからは、くじらと出会って釣ったのか釣られたのか、保育園に戻る途中で嵐に出会い、やっとのことでくじらさんに引っ張ってもらって陸地にもどってきたら、残った女の子たちが花束とくじらさんへの花かんむりを用意していて歓迎会が開かれる。でも最後に仕切るのは、しげるだ。しげるがカメラを向けてくじらさんと船員の男の子と、花かんむりを作った女の子たちを集めてパチリ。くじらさんは窮屈なプールはイヤだと海に帰っていく。しげるの感想が奮っている。僕だったら、もっと小さなくじらを捕まえてきたのになぁ、だって。

 この「いやいやえん」が作られたのは、1960年代だそうだ。今からもう40年以上も経っている。少しだけ教育書のような教訓めいた古めかしさが感じられたり、自由に思う存分遊ばせる事のすばらしさを説くフランクな自由主義の洗礼を受けているようにも見える。その点では今風の保育園ではないし、現代の世相を反映したファンタジーやアニメほどには子供も親も惹きつけなくなっているかもしれない。

 しかし、最後の短編で表題作でもある「いやいやえん」の怖さは一度は親も子も触れた方がいいと思う。しげるは母親の言う事もきかなければ、先生たちの言う事もきかない。そういう子は「いやいやえん」に行ってもらいます。先生は母親に、いやいやえんの場所を教えて、しげるはお母さんに連れていかれる。

 そこはおばあさん先生に取り仕切られていて、集まっているのはしげるのように言うことをきかない問題児ばかり。でも、おばあさん先生は元の保育園の先生みたいには、あれやっちゃダメこれやっちゃダメなどとは一切言わない。やりたい放題。しげるはいいところに来たと思ったけれど、お昼になってもお弁当は各自持ち寄った物を思い思いに食べている。しげるは持ってこなかったので食べられない。先生は何もしてくれない。しげるにとって良いことも悪いことも、ここではすべて放任主義が貫かれている。

 しげるは「ここはなんだかおかしいぞ」と気づいて、明日からは元の保育園に行こうと帰り道に誓う。ここにあるのはしつけでもなければ、教育でもない。ただ昔話や民話にあったような懐かしさと厳しさが同居した得体の知れないムラ社会がある。おばあさんは昔話に出てくる鬼のようでもあり、いろりを囲んだ単なるおばあさんのようでもある。でも、しげるはここには居られないぞと思う。

 ちょっぴりイヤな事もあるけど、明日からは今までどおりの保育園に通いたいとしげるは思う。だとすると、そう思わなかった他の子供たちはどうなってしまうのだろう。実はこの話の本当の怖さは、読み聞かせる大人の側が感じる怖さなのかもしれない。「いやいやえん」に居着いてしまった我が子はどうしたら取り戻せるのだろう。そんな事を「親の目線」で思わず考えてしまった。

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posted by アスラン at 19:06| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
園児だったわたしは、「いやいやえん」が大好きでした。
そうして、随分成長してしまった今でも、「いやいやえん」が大好きです。
可成り汚れていますが、まだ持っております。
自分の子供にも読ませたいと思えるですよね。
Posted by rago at 2008年11月25日 20:10
らごさんが園児だった頃から、読み聞かせのためにご両親が買ってくださったのでしょうか。それがいまだに残っているのはすごいですね。
息子が本を読めるようになったら、いずれ記憶に残る本を買い与えてあげたいと思っています。それが「いやいやえん」になるかもしれませんね。とってもいい本です。僕の記憶に残る児童書は小学1年生のときに担任の女先生が授業で読んでくれた「エルマーのぼうけん」です。これも幸せな気分にさせてくれる本でした。
Posted by アスラン at 2008年11月27日 02:26
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