2005年12月20日

詩とことば 荒川洋治

 岩波の「ことばのために」と銘打ったシリーズの一冊。加藤典洋の批評編「僕が批評家になったわけ」にひきつづいた詩編だ。

 散文全盛の今の世で詩が読まれない読みづらい理由から始めて、著者は現代詩の問題を解きほぐしていこうとする。たとえば漱石の「それから」のラストで大介が吐く有名な独白を行分けしてみるとたちまち詩の体裁になることから、あの独白が詩のリズムを内在してることを示す。一方で、詩と一見してわかるリズムをしめす行分けがかえって、散文なら読む一般読者を詩から遠ざけてる事もさりげなく打ち明ける。

 また行分けというリズムには、「見えない」リズムと「見える」リズムとがあると著者は言う。例示した詩を忘れてしまったから抽象的に書くが、

 Aがある
 Bがある
 Cがある

という分かりやすい行分け(見えるリズム)を

 Aがある Bが
 ある Cがある

のような行分けにしただけで、作者の心中から出ている気持ちが前のめりになっているリズムが出ている。それが著者の言う見えないリズムだ。そう言われると確かに納得されそうであるが、やっぱり詩の世界に慣れていない僕には居心地が悪い。僕ら読者の心中を察するかのように、居心地が悪くて当たり前なのだと著者であり現代詩の作者でもある荒川洋治は打ち明ける。

 つまり現代詩とは、いや詩とは極めて個人な内面を反映したものであって、だからこそ読者の心を不安にさせずにはおられないものだと言う。ならばそうそう詩は読みやすいものであるはずがない。「相田みつをの詩は読みやすいよ」という世間の言葉を、あれは一言で言い切った意見みたいなもので詩というほどのことではないと片付けていて面白い。

 では人の心を不安にさせたり浮き足立たせたり、時には難解さに頭を痛くさせたりする詩にどんな意味があるのか。いや、それより果たして現代詩は、文学という言葉と同様に、それを読みたいと思う読者を増やしていく事ができるのか。著者の関心はもちろん現代詩の将来である

 本音とも方便ともとれるが、著者自身も現代詩を読みたくない時があると告白する。ちょっと安心すると同時に不安と憤りが沸き上がる。安心はいままで苦手にして読んでこなかった自分への免罪符を与えられた事。不安は、それならば何を標(しるべ)に僕は詩の世界に足を踏み出せばいいのか?(もちろん詩作ではなく読書という意味で)。そして最後の憤りは、やはり本当のところ詩が何故存在して、詩が僕らをなぜ不安にさせるか、本当の理由がよくわからない事への憤りだと思う。

 その不安が的中するかのように、著者の解説はだんだん初心者ガイドの枠を踏み外す。後半はもう僕にも著者が言ってるところについていけない気がするのだ。いや言ってる意味はわかるが、著者が語る現代詩の課題と、著者には閉塞しているように見える現代詩の現状とを、一読者である僕が引き受ける気にはならないのだ。

 いわゆる文学の世界で文壇という言葉が一読者である素人たちののぞき見趣味を満足させてきたように、著者も詩壇(という言葉があるか分からないが)の寒い光景を「自信のある光景」という文で書いている。これは著者の現代詩への距離感が今どのようになっているか分かって大変面白い。詩の世界でも散文の世界同様、古典や思想の豊饒とした世界に裏打ちされた理論を組み立てた人が自信にあふれていると、まっさきに挙げている。

 ここでいう「自信」というのは当然ながら著者の諧謔である。「自信がある」とはなんと詩人としては醜い事であるか。詩を書いていることを言い出せないで詩を細々と書き継いでいるのが日本の現代詩人の現状であるというのに、という著者の近親憎悪的なまなざしがさりげなく、いたって柔らかな文章で書かれる。

 するとやはり僕にもそんな怖い詩の世界をちょびっとだけ覗いてみようかなという気にさせてくれる。それはやはりのぞき見趣味には違いないし、読んだからと言って現代詩の課題を引き受けるつもりもないのだが、著者がせっかくかいま見せてくれた詩の世界に、ひとときでも浸かってみようという気には確かになったのだ。この本のおかげで。
(2005/12/07読了)


↓クリックの応援よろしく!
banner_04.gif
人気ブログランキング
posted by アスラン at 14:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/10861240
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。