僕も夏が終わる前に恒例の比較記事にピリオドを打たねばならないので、ジリジリしているところだ。今年の「発見。角川文庫」「ナツイチ」「新潮100冊」についての内容調査記事はすでに書いたが、これら3つの比較記事がまだ残っている。通常ならば夏休み前に一気に片づけているはずなのだが、今年は間があいてしまってモチベーションが下がってしまった。夏休みが終われば〈夏の文庫フェア〉も終わる。その後で記事をアップしても気の抜けたサイダーみたいなものだ。宿題にケリを付けようと気合いを入れている中・高校生たちを見習って、僕もがんばってみよう。
毎回説明しているが、3つの〈夏の文庫フェア〉比較記事で見ていくのは「他のフェアと共通する作家や作品は何か」という点だ。契約の関係から出版社が異なれば、作家や作品が異なるのは当たり前だからだ。共通の作家や作品を見ると面白い傾向が分かるのではないかという趣旨だ。
共通する作品から紹介していく前に、今年はスペシャルカバーが3社そろい踏みした事に触れておこう。そもそもナツイチは〈夏の文庫フェア〉にあわせて表紙を差し替えるのを常としてきたが、特に昨年は「こころ」などの古典数冊の表紙を蒼井優の写真に変えたり、「人間失格」に漫画家・小畑健のイラストに差し替えて大胆なアピールを試みた。今年はさらにスペシャル企画として人気漫画家による表紙を増やした。
ただし新潮は角川のようにナツイチと同じ路線はとらない。新潮のカバーは非常にスマートで大人びて垢抜けている。これならちょっとカバー無しでクリアケースに入れてもいいかなぁ、と中・高校生が背伸びしたくなるようなデザインだ。さて、若い読者はどう3社のカバーを受け止めただろうか。
[作品(3社共通,3冊)]
(以下、新潮:新、ナツイチ:ナ、角川:角)
こころ 夏目漱石 新ナ角
人間失格 太宰治 新ナ角(角川のみ「人間失格・桜桃」)
蜘蛛の糸・杜子春 芥川龍之介 新ナ角(ナツイチは「地獄変」,角川は「蜘蛛の糸・地獄変」)
相変わらず3社共通の作品は増えない。漱石の「こころ」と太宰の「人間失格」は例年通りのリザーブシートに腰掛けている。おそらくは、この世から読書感想文の課題がなくならない限りは半永久的にこの2冊は〈夏の文庫フェア〉に君臨し続けるだろう。そして昨年の宮沢賢治「銀河鉄道の夜」と漱石「坊っちゃん」が後退して、芥川龍之介の短編集が3社共通となった。ちょっと微妙なのは3社とも短編集のタイトルが違うので、3社共通の作品がどれとどれなのかははっきりとは確認できなかった。少なくとも「地獄変」「蜘蛛の糸」は3社の短編集のいずれにも掲載されている事は分かっている。
[作品(2社共通,11冊)]
阿部一族・舞姫 森鴎外 新角(角川は「山椒大夫・高瀬舟・阿部一族」「舞姫・うたかたの記」)
絵のない絵本 アンデルセン 新ナ
変身 カフカ 新角
星の王子さま サンテグジュペリ 新ナ
不思議の国のアリス ルイス・キャロル 新角
海と毒薬 遠藤周作 新角
羅生門・鼻 芥川龍之介 新角
キッチン 吉本ばなな 新角
新編 銀河鉄道の夜 宮沢賢治 新角
伊豆の踊子 川端康成 新ナ
二十四の瞳 壺井栄 新角
2社共通作品は昨年が10冊で今年は11冊で横ばい。顔ぶれは変わっているが〈古典〉〈名作〉と言われるものばかりなのは例年通りだ。ただし、唯一生きている作家・吉本ばななの「キッチン」が昨年同様に入っている。何故古典ではない「キッチン」が2社共通作品になり得たのかについては2007年の比較記事で詳細に分析したので、今年は省略する。
次に、昨年から今年にかけて〈躍進した作品〉と〈後退した作品〉を挙げる。
[躍進(作品)]
蜘蛛の糸・杜子春 芥川龍之介 (1->3)(ナツイチは「地獄変」,角川は「蜘蛛の糸・地獄変」)
伊豆の踊子 川端康成 (0->2)
阿部一族・舞姫 森鴎外 (1->2)(角川は「山椒大夫・高瀬舟・阿部一族」「舞姫・うたかたの記」)
海と毒薬 遠藤周作 (1->2)
不思議の国のアリス ルイス・キャロル (1->2)
絵のない絵本 アンデルセン 新潮 (1->2)
芥川、川端、鴎外の作品がそれぞれ躍進している。目立つのは「伊豆の踊子」だ。これはナツイチのスペシャル企画のおかげだろう。カバーを漫画家のイラストに変えた作品に中に「伊豆の踊子」が入っている。アンデルセンの「絵のない絵本」が躍進しているのも、新潮文庫がカバーをフェア用に変えた作品の中の一冊ということが関係していそうだ。
[後退(作品)]
坊っちゃん 夏目漱石 (3->1)
銀河鉄道の夜 宮沢賢治 (3->2)
走れメロス 太宰治 (2->1)
堕落論 坂口安吾 角川 (2->1)
車輪の下 ヘルマン・ヘッセ (2->1)
十五少年漂流記 ヴェルヌ (2->1)
昨年3社そろい踏みした漱石「坊っちゃん」が大きく後退。青春ものという観点からは「伊豆の踊子」の躍進と呼応しているのかもしれない。同じくファンタジーという観点で「不思議の国のアリス」や「絵のない絵本」の躍進と「銀河鉄道の夜」の後退がセットのような気がする。
今度は〈共通する作家〉を見ていく。
[作家(3社共通,8名)]
恩田陸
ネバーランド ナ
蒲公英草紙 ナ
光の帝国 ナ
ドミノ 角
夜のピクニック 新
夏目漱石
こころ 新ナ角
坊っちゃん 角
三四郎 新
芥川龍之介
河童 ナ
地獄変 ナ角(角川は「蜘蛛の糸・地獄変」)
蜘蛛の糸・杜子春 新角(角川は「蜘蛛の糸・地獄変」)
羅生門・鼻 新(角川は「羅生門・鼻・芋粥」)
宮部みゆき
地下街の雨 ナ
あやし 角
ブレイブ・ストーリー (上)(中)(下) 角
火車 新
江國香織
泳ぐのに、安全でも適切でもありません ナ
薔薇の木 枇杷の木 檸檬の木 ナ
落下する夕方 角
冷静と情熱のあいだ Rosso 角
号泣する準備はできていた 新
石田衣良
スローグッドバイ ナ
愛がいない部屋 ナ
娼年 ナ
約束 角
4TEEN 新
浅田次郎
天切り松 闇がたり第一巻 闇の花道 ナ
天切り松 闇がたり第三巻 初湯千両 ナ
天切り松 闇がたり第四巻 昭和侠盗伝 ナ
天切り松 闇がたり第二巻 残侠 ナ
霧笛荘夜話 角
憑神 新
太宰治
人間失格 新ナ角(角川は「人間失格・桜桃」)
走れメロス 角
斜陽 新
昨年の10名から8名に減った。昨年挙げた特徴別分類は今年も有効のようだ。それは、
(A)古典的作品を残した文豪(漱石、芥川、太宰)
(B)多作な女性流行作家(恩田、宮部、江國)
(C)器用な男性流行作家(石田衣良、浅田次郎)
となる。顔ぶれは(A)から宮沢賢治が抜け、(B)から角田光代が抜け、(C)の赤川次郎が浅田次郎に入れ替わっただけの違いだ。(C)は奇しくも〈次郎つながり〉になった。
[作家(2社共通,32名)]
アンデルセン
絵のない絵本 新ナ
カフカ
変身 新角
さくらももこ
さくら日和 ナ
のほほん絵日記 ナ
さくらえび 新
サンテグジュペリ
星の王子さま 新ナ
ルイス・キャロル
不思議の国のアリス 新角
伊坂幸太郎
グラスホッパー 角
重力ピエロ 新
遠藤周作
海と毒薬 新角
奥田英朗
真夜中のマーチ ナ
サウスバウンド (上)(下) 角
荻原浩
さよならバースディ ナ
コールドゲーム 新
乙一
暗黒童話 ナ
夏と花火と私の死体 ナ
平面いぬ ナ
失はれる物語 角
角田光代
愛がなんだ角
キッドナップ・ツアー新
吉本ばなな
キッチン 新角
宮沢賢治
銀河鉄道の夜 新角(新潮は「新編 銀河鉄道の夜」)
注文の多い料理店 角
金城一紀
GO 角
対話篇 新
重松清
疾走 (上)(下) 角
きみの友だち 新
ナイフ 新
小川洋子
アンネ・フランクの記憶 角
博士の愛した数式 新
小池真理子
瑠璃の海 ナ
恋 新
森鴎外
山椒大夫・高瀬舟・阿部一族 新角(新潮は「阿部一族・舞姫」)
舞姫・うたかたの記 新角(新潮は「阿部一族・舞姫」)
森絵都
ショート・トリップ ナ
DIVE!! (上)(下) 角
アーモンド入りチョコレートのワルツ 角
いつかパラソルの下で 角
つきのふね 角
森見登美彦
四畳半神話大系 角
太陽の塔 新
星新一
きまぐれロボット 角
ボッコちゃん 新
赤川次郎
秘密のひととき ナ
ふたり 新
川端康成
伊豆の踊子 新ナ
沢木耕太郎
オリンピア ナチスの森で ナ
深夜特急1 新
東野圭吾
黒笑小説 ナ
白夜行 ナ
分身 ナ
さまよう刃 角
殺人の門 角
探偵倶楽部 角
筒井康隆
時をかける少女(新装版)角
家族八景 新
畠中恵
ゆめつげ 角
しゃばけ 新
柳田国男
新遠野物語付 遠野物語拾遺 角
日本の昔話 新
唯川恵
キスよりもせつなく ナ
愛には少し足りない ナ
今夜 誰のとなりで眠る ナ
恋せども、愛せども 新
恋人たちの誤算 新
梨木香歩
村田エフェンディ滞土録 角
西の魔女が死んだ 新
林真理子
年下の女友だち ナ
葡萄物語 ナ
美女入門 角
壺井栄
二十四の瞳 新角
2社共通の内訳は〈新角18名、新ナ9名、ナ角5名〉だ。新潮と角川が同じ作家で競い合っているのは相変わらずだが、ちょっと注目したいのはナツイチのバランスが昨年の〈新ナ7名、ナ角7名〉から、やや新潮寄りになった。新たに新潮とかぶった作家は
アンデルセン
小池真理子
川端康成
沢木耕太郎
の4名だ。
昨年から今年にかけて〈躍進した作家〉と〈後退した作家〉は以下の通りだ。
[躍進(作家)]
浅田次郎 (1->3)
アンデルセン (1->2)
ルイス・キャロル (1->2)
奥田英朗 (1->2)
金城一紀 (1->2)
小池真理子 (1->2)
森鴎外 (1->2)
森見登美彦 (1->2)
川端康成 (1->2)
沢木耕太郎 (1->2)
畠中恵 (1->2)
柳田国男 (1->2)
[後退(作家)]
スティーヴン・キング (2->0)
トルストイ (2->0)
群ようこ (2->0)
角田光代 (3->2)
宮沢賢治 (3->2)
赤川次郎 (3->2)
ヴェルヌ (2->1)
サリンジャー (2->1)
ヘッセ (2->1)
坂口安吾 (2->1)
三浦綾子 (2->1)
三島由紀夫 (2->1)
山本文緒 (2->1)
司馬遼太郎 (2->1)
大沢在昌 (2->1)
本多孝好 (2->1)
今年はなんといっても浅田次郎の躍進が目立つ。単なる偶然かなぁ。それと新進気鋭の森見登美彦の躍進も注目したい。この人はいずれ3社共通になるかもしれない。一方でスティーブン・キングが一挙に0社に後退したのは驚きだ。こちらも単なる偶然だろうか。また常連組の後退が目立ったのも今年の特徴だ。新しい作家にずいぶん入れ替えが進んだのかもしれない。
最後に恒例のキャッチコピーの比較をする。と言っても共通作品の顔ぶれも昨年とそれほど変わっていないし、何よりコピーも変わらない作品が多い。そこで、〈今年新たに共通作品となったもの〉と〈コピーが変更になったもの〉を取り上げる。
こころ 夏目漱石
新:友情と恋の、どちらかを選ばなくてはならなくなったら、どうしますか……。
ナ:親友と同じ人を好きになったら。あなたはどうする?
角:自我の奥深くに潜むエゴイズムと罪の意識
蜘蛛の糸・杜子春 芥川龍之介(ナツイチは「地獄変」,角川は「蜘蛛の糸・地獄変」)
新:けっしてふりむいてはいけない、必ず一度、そんな時がきます……。
ナ:燃えさかる炎を前に彼はどんな顔をしていたのだろう。
角:大正7年に書かれた、小説8編を収録
阿部一族・舞姫 森鴎外(角川は「山椒大夫・高瀬舟・阿部一族」「舞姫・うたかたの記」)
新:エリートの中のエリート官僚が、薄幸の美少女を愛してしまった!
角:文豪・森鴎外の後期の代表作品集
絵のない絵本 アンデルセン
新:世界一物知りなお月さまが教えてくれる不思議な出来事
ナ:月が聞かせてくれるため息の出るような33夜の美しい物語。
不思議の国のアリス ルイス・キャロル
新:日常生活から逃げたいと願っているあなた、いつか、アリスになれるかも。
角:イギリス人特有のユーモアにあふれた一冊
海と毒薬 遠藤周作
新:アメリカと闘った戦争が、医学も、日本人のこころも汚してしまった。
角:人間の罪責意識を、あらためて問いかける
伊豆の踊子 川端康成
新:旅の終りにひとすじの涙……これが孤独なぼくの初恋なんだ。
ナ:さよならの意味を知って少年少女は大人になっていく…
扇情的で人を惹きつける新潮文庫のコピーが目立つのはいつものことだが、ナツイチが表紙に漫画家のイラストを採用したと同時に、新潮ばりに〈キャッチー〉なコピーに変えてきた。あっ!「こころ」のコピーは新潮のをパクってるかも。




のんびり新潮の100冊読破にチャレンジしていますので、とても興味深く読ませていただきました。
すごく詳細な比較研究で、勉強になりました。永久保存版ですね。
「新潮100冊」読破チャレンジですか、壮大な計画ですね。でも思ったより入れ替えの少ないフェアだから、達成可能ですよね。頑張ってください。
こちらも毎年毎年だんだん大変になってきましたが、続けていきたいと思ってます。