2008年08月05日

赤塚さん、いってらっしゃい。

 ついに逝ってしまった。ギャグマンガの最後の巨匠と言ってもいい。その風貌から巨匠なんておよそ似つかわしくないけれど、もう「ギャグマンガ」という言葉が死語と化している平成の世から見れば、当に一線から退いているかつての超売れっ子漫画家は「巨匠」と呼ばなくてはおさまりがつかない存在なのかもしれない。

 いまやエンターテイメントの一ジャンルを確立したマンガを、ギャグだシリアスだと区分けすることは無意味になってしまったが、かつてマンガはギャクとシリアスしかなかった。二つにジャンル分けされることで、たやすく予想できるように、シリアスマンガを書けるのは絵を描く技術と大人さえうならせるストーリーを表現できる力量を持った、いわば選ばれた作家であり、ギャク漫画家は一段低く見られた。

 手塚治虫から始まり、トキワ荘で人気作家として成長していった石森章太郎や藤子不二雄たちはシリアスも描ければギャグも描けた。さらに当時は少年漫画家が少女マンガも描いたから、かれら巨匠たちが一手販売でマンガを描いていたと言ってもいいだろう。

 そんな売れっ子の仲間たちに取り残され、ときに彼らの下請けをしながら食いつないだ赤塚不二夫は、ついにギャグ漫画家として一人立ちし、そして生涯ギャグマンガを描き抜いた。赤塚さんの晩年の過激なギャグにまでは付き合えなかったが、最良にして最盛期の彼の作品を浴びるほどに読む少年時代を過ごせた我が幸せを、本当に感謝したいと思う。

 手塚治虫の生み出したキャラクターを一堂に会すると見事なまでに多彩で魅力ある主役たちが勢ぞろいする。赤塚不二夫のキャラクターは、これまた見事なまでに個性的な準主役に満ちている。しかもそのすべてが主人公を食ってしまうほどの強烈な魅力にあふれていた。

 昭和ブームの昨今、もし赤塚さんが病気から復帰できたら、きっと赤塚ブームも再燃してたのではないか。昭和とは何かと言えば、土管が置かれた原っぱがいたるところにあり、そこで夕暮れまで子供たちの遊ぶ姿が絶えず、夕暮れとともに暖かいご飯の匂いがあちこちで立ち上り、煙突を抱えた銭湯に家族みんなが毎日通う、そんな生活の風景が目に見える時代だった。その風景の中を、アウトサイダーとも言える準主役級のキャラクターたちが縦横無尽に駆け回る。

 そのだれもが、怒っている、笑っている、人をうらやんでいる、いつか見てろと夕日をにらんでいる。そして泣いている。なんだか悲しい。明日があるさと夢見ている。

 僕は知っている。ニャロメの悲しさを、ココロの親分の悲しさを。全部、全部、赤塚さんが教えてくれた。生きることの底抜けの楽しさと、底知れぬ切なさを。

 本当にありがとう、赤塚さん。お疲れ様でした。いってらっしゃい。

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posted by アスラン at 10:20| 東京 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記(電車でカフェ気分) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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