それにしても日頃買いつけない宝くじを買う際には、迷う要素が多くて困る。基本的にギャンブルに溺れない性格の夫婦なので、宝くじの出費は現実的な要素と絡んでくる。つまりは余分な出費だから買わないという選択だ。特に僕以上に現実主義者の相方は「どうせ当たらない」と、最近は宝くじを買う気がなくなっている。
僕はと言えば、妻ほどは現実的になりきれない。かといって「当たる」と信じられるような期待値でないことも分かっている。数学科出身の同僚に言わせると、どれほどまとめ買いしようと「当たるかも」と期待できる確率には到底ならないので、「一枚だけ買う」のが正しい買い方だと言っていた。なるほど、とっても合理的な考え方だ。買っても万に一つも当たらない。でも買わなかったら「万に一つ」は永遠に訪れないからだ。
以後、1枚だけ買うことにした。と書けたらカッコいいのだが、人間の心はそうそう合理的にはなれないらしい。自分なりに拡大解釈して一組だけ買うことにした。理由はと言えば、クジの当たり番号を確認するのに一枚ではつまらないからだ。「一億当たったかな」から始まって「1万円は当たったかな」までハラハラする醍醐味が一枚だと味わえない。
ならば、よりハラハラ感が長続きするバラがいい。連番だと組を確認した時点で夢が散る。だからバラ1組をずっと買い続けている。と書くと、カッコよくはないが一本気な人間だと感心してもらえそうだが、そうは問屋が卸さない。バラだと「万が一」の中に3億円が入ってこない。やはり連番か。夢をとるか目先の現実をとるか悩んだ末に、両方買うことにした。いやはや、なんともマヌケな解決だ。「一枚だけ買えばいい」が聞いて呆れる。
二回ほどバラ・連番の両買いをした後に、相方にムダを指摘されてカーッとなったが、やがて目が覚めた。もう買わない。だから前回から買ってない。と書けたら、結婚以来相方から「優柔不断な男だ」と言われ続けてきたりはしない。「買わない」は「両方は買わない」にすり替わって、前回からやはり一組だけ買っている。今回も一組だけ買おう。
それにしても「夢の3億円」か、「現実的なスリル感の1億円」か、どちらをとるかやはり悩む。そもそもバラと連番はどちらが確率的にお得なのか?などとおよそ理工系を志した人間とも思えない考え方だ。数学家・秋山仁さんがどこぞの新聞の記事に書いていたが、バラで買おうが連番で買おうが期待値は変わらないそうだ。やはりそうだったか!
しかも秋山さんの記事は、こう結んでいる。
一般にジャンボ宝くじは1枚300円で、期待できる金額は300円よりずーっと低いので、確率的には買えば買うほど損することになります。
でも、そう考えるのは数学で、「宝くじで夢を買う」と考えればよいのです。
数学の合理性を謳うだけでなく人間の心情の機微をうがった名文句ではないか。さすがです、秋山さん。




