2011年07月28日

別冊図書館戦争1 有川浩(2008/7/20読了)

 日曜日にいつものように我が子を連れて図書館に行った。息子が読み聞かせをねだった大量の絵本は、たった一冊の「マジレンジャー大百科」に駆逐されてろくに読みもせずに返却とあいなった。7冊の絵本と、こちらの読書でハリポタ第四巻の上下をデイパックに詰めては、エイコラセと自転車を漕いでいった。

 息子には再び返却に見合う絵本を借りさせ、うち一冊はカタツムリの写真集からザリガニの写真集に変わった。僕はと言えば、読了しそこねた「炎のゴブレット」上下をそのまま貸出延長して再びデイパックにずっしりと詰めた。こういうときこそ、川崎市立図書館の予約システムがうらめしい。貸出延長がウェブからできるのだ。しかし一方でハリポタ最終巻を23日の発売日を待たずして予約に応じる立川図書館の気前の良さは、川崎図書館をしのぐ。これ幸いと用紙に名前と利用者番号と電話番号を書き残した。ふと図書館受付の正面の壁面に、何かの表彰状のような紙が掲げられている。ああ、例のあれかぁ。

図書館の自由に関する宣言

一、図書館は資料収集の自由を有する。
二、図書館は資料提供の自由を有する。
三、図書館は利用者の秘密を守る。
四、図書館はすべての不当な検閲に反対する。
図書館の自由が侵される時、我々は団結して、あくまで自由を守る。


 以前、シリーズ第一巻「図書館戦争」を読んだ当時も壁に掲げられているのを確認した記憶があるのだが、一言一句を読んだかどうかははっきりしない。今回改めて感慨深げに読んでみると、本シリーズの巻頭に毎回収まっている文言とまったく同じだとわかった。まったくアレンジしてないんだぁ。それにしては勇ましい宣言だなぁ。一体何事が図書館の身に、いや図書館を運営する組織と人々の身に降りかかったのだろう。

 「図書館の自由が侵される時、我々は団結して、あくまで自由を守る。」

 勇ましいだけでなく、なにやら不穏な時代の雰囲気を隠すことなく文言に力一杯込めた。そういうふうに読める。検閲という言葉もあるように、やはり先の大戦時下の旧日本軍の圧力を指して、これに対決する姿勢を顕わにしたのだろうか。しかし、それだけならばこの戦後60年以上もたった平和ボケの日本では、いささか大げさ過ぎる宣言なのではないだろうか。少なくともそう素直に思いついた人間がいた。著者・有川浩だ。

 この大げさな宣言が今なお生きているとするならば、それは戦争がまだ終わっていないという事を意味する。いや、不断の注意を注がないと、今なおこの平和な世界で図書館の自由、読書の自由が侵される現実が待ち受けている。それに立ち向かう図書館側には自衛のための軍隊が組織されている。そんな極近未来を勝手に想像しても構わないではないか。

 そんな段取りでこのシリーズが書き出されたのかは正直分からないが、本シリーズが荒唐無稽な設定の中にも一定のリアリティを抱えていたのは、ひとえに荒唐無稽を文言の中に封じ込めていた「図書館の自由に関する宣言」が存在していたからだろう。しかし、それも第4巻を持って終わった。現代では宣言が仮想敵とみなす相手は曖昧だ。それと呼応するように最終巻を迎えても、仮想敵・メディア良化委員会との戦いに決着はつかない。では何がどう落ち着いたかと言えば、主人公・笠原郁と、その上司・堂上篤とのロマンスだ。

 前作「図書館革命」の書評で「ちょっと恥ずかしくなるような再会シーン」がクライマックスで用意されていると書いた。これをもしかしたら〈批判〉だと誤解する人もいるかもしれないので、ここで言っておこう。この「ちょっと恥ずかしくなるような再会」をどれほど待ち望んだ事か、と。前の書評でも「なんで4冊も読む気になったか」と言うのに「惰性」という言葉を使ったが、正直「照れずに言えば」、郁と堂上とのラブロマンスの成就を見納めたくて読んできたのだ。だからこそ、ここまで僕らを焦らした著者に文句のひとくさりを言うぐらい、シリーズ全巻につきあった読者には当然の権利と言っていいのではないか。

 で、何が言いたいのかと言うと、「恋愛成分たっぷりの、ベタ甘全開スピンアウト・別冊シリーズ」上等だぜ!って事だ。著者は編集部から無理を通されて、この「スピンアウト」作品を書くことになったので、本編を読んだ方で「ベタ甘」の苦手な方は読まずに無視しても構わないと断っている。さらに、これが「別冊1」で「別冊2」まで出るが、これはあくまで編集部の意向で自分の本意ではないから、「どうぞご勘弁くださいませ」とまで低姿勢のあとがきを結んでいる。

 しかしながら、僕があえて言いたいのは、これ本編にしたら?って事だ。あの「ちょっと恥ずかしい再会シーン」から一足飛びに結婚したその後の二人の一シーンを描いてしまったがゆえに、肩すかしに感じたのは僕だけではないだろう、きっと。だからスピンアウトでもなんでもいいから、別冊1でも2でも3でもいいから、書きなよ、書きな!

 でもピッコロが悪と善の二つの存在に分離していなければ強大な力をほしいままに出来たように(どんなたとえだ!)、ベタ甘路線ももっと本編に織り込んでいってもよかったんじゃないですか?あくまで僕の好みですけど。
(2008年7月22日初出)
posted by アスラン at 12:42| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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