東京とは言え下町の部類に属する地域での仲間づきあいは、それこそ下町社会の縮図的なところがあった。僕はサラリーマン(といってもブルーカラーではあったが)を父に持ち、ある者は親が小さな町工場を経営していて、ある者は表通りのうらぶれた商店街に店を構える和菓子屋の息子だった。小学校で最も仲の良かった友人は、中学進学早々に姓が変わっただけでも驚きだったのに、母親と二人暮らしの住まいを引き払ってやがて転校してしまった。
みんなが集まるのは、町工場に両親とも出かけて居心地が最高によくなる友人宅だった。ある土曜だったと思うが、時間指定で集合するように友人から声がかかった。その頃の僕はまったくのウブで、ゴジラの東宝チャンピオン祭りや東映まんがまつり以外は、映画はテレビで見るものとしか考えた事がなかった。
流行に敏感な和菓子屋の倅は二歳年上の兄から仕入れてきたのかいち早く話題の映画とその主人公のかっこよさに注目していたのだ。土曜の昼下がりの特番は、上半身裸で黒の拳法着をはいた怪しげな主人公からたちのぼる圧倒的なオーラに満ちていた。彼は全身に力をみなぎらせ、瞬時に取り囲んだ敵を倒していく。相手の攻撃を絡めとるように受け流し、次の瞬間に鉄拳がうなりをあげる。前にいようが後ろから来ようがおかまいなし。回しげりが後方から近づく者をあっという間になぎ倒すからだ。
さらには彼は僕らが見たことのない武器を取り出し、それをアクロバティックに体の周りに回し出す。そしていきおいよく脇に挟むと同時にミエを切る。その瞬間、怪鳥音が切味鋭く入る。「アチャッ!」
彼の名はブルース・リー。そして映画は公開間近の「燃えよドラゴン」のワンシーンだった。繰り返し繰り返し同じアクションシーンが流されても文句を言う者はテレビの前には誰もいなかった。みんなはひとめで痺れてしまったのだ。
その特番では彼が「燃えよドラゴン」の公開を待たずして亡くなった事も伝え、香港での盛大な葬儀の模様が手短に流れた。他のみんながどうだったのか判らないが、僕はあれほどまでに強靱な肉体と圧倒的なオーラにつつまれた人間が若くして死んでしまったことが信じられなかった。なにより一瞬にして僕らをしびれさせた彼の映画には次回作はあり得ないことにがっかりした。
死因についてはその後映画雑誌などで、筋肉増強剤(ステロイド)の使いすぎという説から中国マフィアによる暗殺説まで様々な憶測がある事を知った。直接の死因は愛人宅での腹上死だと書かれた記事も読んだ事がある。腹上死という言葉にうぶな僕は異様な興奮をかき立てられた事は白状しなければならない。ただなんとなくあの肉体とオーラにふさわしくない死因だと思った記憶がある。だからそれ以上の詮索は自ら封印してしまった。
当時の僕らがまずやった事と言えばヌンチャク作りだった。TVの特番で初めて見た、ブルース・リーと切っても切れないあの武器だ。本来ならば鉄製の2本の棍棒をひもでつないだものだが、僕らが目をつけたのは水道配管工の事務所の裏手に置かれた塩ビ管だった。まさかこんなもの盗まれると思っていないのか無防備に置かれた長い塩ビ管を僕らはちょろまかして切り分け、2本を紐でつなぐことで手作りヌンチャクを手に入れた。配管工のおじさんには悪いことをしたが、当時の日本中でそんな事が行われていたはずだ。
結局「燃えよドラゴン」を映画館で見るのはずっと後の事だが、「ドラゴン危機一髪」「ドラゴン怒りの鉄拳」と来てブルース・リー本人が監督・脚本・主演をつとめた「ドラゴンへの道」のロードショーになってようやく僕は映画館で彼の雄志を見ることができた。ローマのコロシアムまでマフィアの幹部を追ってくると「タンロ〜ン、ユア クラッケン ア〜イ」と響く(そう聞こえた)マフィアの声が印象的でその後何度も真似た。チャック・ノリスとの死闘は彼の他のどの作品よりもすさまじい。いまだにブルース・リー作品のNo.1だと思う。
さて、僕はブルース・リーのすべてに溺れていたから、「燃えよドラゴン」撮影時にはすでに死に向かいつつあった彼の異様さも、彼のどの作品にも共通して見られるナルシシズムも、「怒りの鉄拳」で顕著だった抗日ナショナリズムも何もきづかなかった。さらには、ブルース・リーの功夫(クンフー)アクションがモンタージュを利用した極めて映画的な再構成を経ている事や、あの特徴的な怪鳥音が合成音である事を今まで考えた事もなかった。「悪名高き」と著者をして言わしめる「死亡遊戯」でさえも、溺れた者の弱みだろうかラスト数十分のみをひらすら待ち受けて、そして満足した。だからブルース・リーが子役として香港で名をはせていた事など今の今まで知ろうともしなかったし、子役時代の映画史的位置付けを考える事もなかった。それは今でも変わりはない。
正直、本書の前半で論じられる子役時代の出演作や当時の香港映画の評論は退屈だ。ブルース・リーの出自がその後の孤独で独特な演技に影響したとか、喜劇的素質がのちの主演作に活かされているとか、確かにブルース・リーを語る時に重要な意味をもつのかもしれないが、僕が彼に感じた当時の熱狂からあまりにかけ離れている。著者は二十数年前に批評家を始めるにあたってブルース・リー論を書く予定であったが果たせず、ようやく今回1冊の本にまとめた。しかしその当時、ブルース・リーの子役時代の映画を見る機会はなかったはず。そういう意味からすると、今回子役時代の映画すべてを見る事ができたのは幸いだったのか災いだったのか。
本書後半になってようやくブルース・リーが主演した香港映画やハリウッド映画についての詳細な分析が行われる。香港映画特有のホモソーシャリティ(男どうしの強い連帯)が彼の映画には存在しなかったり、終始女性忌避を貫いた(「怒りの鉄拳」のノラ・ミャオとのラブシーンは例外として)とか、著者が洗い出す特徴は映画評論からすれば見過ごせない事ばかりだが、ことブルース・リーに関する限りこれを拒みたい欲求にかられる。
ブルース・リーはアメリカ経由で伝わった名前であって、香港名・李小龍(れい・しうるん又は、り・しぁおろん)が地勢的に正しいと著者は言うのだが、僕にとってブルース・リーこそが彼への熱狂を呼び覚ます唯一の名前なのだ。
そういう意味では僕らファンの熱狂に応える本ではない。妻リンダや息子たちについての言及もなく伝記的な要素も少ない。著者も若き日にあの熱狂の中にいたはずなのだが、映画評論家としての成熟が熱狂そのままにブルース・リーを語ることを許さなくなってしまったのだろうか。不思議な事だが熱狂から自分を遠ざける事ができさえすれば、本書のブルース・リー像は刺激に満ちている。つまりは新たなブルース・リーに本書で出会う事になるからだ。ファンにとって望ましいかどうかは別にして。
(2005年12月2日読了)



