2008年07月03日

ハリー・ポッターと賢者の石 J.K.ローリング(2008/7/1読了、再読)

 7月23日に出版される第7巻「ハリー・ポッターと死の秘宝」で、いよいよ長きにわたって読者をじらし続けた本シリーズはエンディングを迎える。第1作「賢者の石」が1999年に出たから、あの空前のハリポタブームから9年もすぎたわけだ。僕は当然ながらブームに乗り損ねた〈遅れてきた読者〉だったから、読みだしたのは第3巻「アズガバンの囚人」が出たあとだったように思う。ということはやはり2001年か2002年ごろか。

 それにしても6年越しの読書だ。しかも毎度毎度図書館で予約待ちをしては読むという気長な読書スタイルだったので、借りられたはいいが、すでに前のストーリーの大まかな記憶しかなくて、この人物は誰だったっけかなあと、付録の人物紹介から読み出す始末だ。しかも付録は下巻だとついてなかったりするので、結局よく分からないまま、前の巻は手元にないから確かめるすべもなく、中途半端な気持ちで読みすすめることがしばしばだった。ようやく人物に慣れたころには巻末で、再び記憶の彼方にハリポタは葬りさられてしまう。この繰り返しだ。

 以前の書評でも書いたが、ハリーが成長するにつれてただ愉快なだけの物語ではなくなり、作者の語り口もずいぶんと変わってきたことも、間隔の大きくあいた読書をさらに難しくしている一因だ。巻を追うごとにページ数が増え、話の展開もテンポがなくなり、ひたすら結末まで謎が引き延ばされる。上下巻になってからというもの、上巻はじりじりともったいをつけられてあまり楽しい読書ではなくなった。記憶をたぐろうとしても、停滞感からかうまく気分が乗ってこない。

 思い返せば、やはり第1巻が文句なく楽しい読書体験だった。あのときの高揚感を取り戻すことができれば、まもなく出版される最終巻に思い切りひたれるのではないか。それにはもう一度通して読む事が不可欠だ。第6巻まで一気に読み返せば、ひょっとして僕の不満のほとんどは解消するのかもしれない。通して読みさえすれば僕のいらだちはなくなり、ハリーのウキウキ感も哀しさも怒りも感じられるようになるだろう。そして、大人になる手前で永遠に続くかと思えた、ハリーの憎しみに満ちた醜く暗い心の奥の声にさえ、じっくりと耳を傾けることができるかもしれない。そして〈遅れてきた読者〉は、今度こそはジャストタイミングで「死の秘宝」を買って読もうと思う。

 まずは「賢者の石」からだ。ハリポタを最初から通して読むには絶好の環境が整っている。図書館の蔵書を検索すると、第1巻から前作の第6巻「謎のプリンス」に至るまで、まったくの行列なしにいつでも借りられるからだ。しかも立川市の図書館では携帯版で第1巻〜第3巻まで読むことができる。再読に当たって、あのどでかく分厚い本を持ち歩かなくてすむことは本当にありがたい。すでに携帯版は第5巻「不死鳥の騎士団」まで出版されているのだが、残念ながら立川市の図書館では第4巻以降は蔵書にない。川崎市の図書館は第1巻すらない。それもこれも〈どでかい〉単行本を大量に抱えているからだろう。単に判型が変わっただけでは蔵書にする予算がないのだろう。

 昨日ブックオフをのぞいたら、あの単行本は105円で売られていた。定価2000円だから1050円の間違いかと思ってしげしげと見たが105円だ。それくらい大量に出回ってるわけだ。携帯版はいくらで買えるんだろう。ちょっと気になる。

 当時の辛口批評に「ゲーム感覚を取り入れた新しいファンタジー」という意見があった。しかし実際に読んでみると、非常にオーソドックスな手作りファンタジーだと感じた。確かに本など読まずアニメやゲームに熱中する現代っ子を飽きさせない手練手管はある。でも全体的には、子供のためのファンタジーの王道を堂々と歩いているような本だ。

 そう僕が感じたのは、たとえばハリーがホグワーツにむかう列車の中の一場面だ。ハリーは、ワゴンで売られているいろんな物を、親から譲り受けたお金で買いまくる。居候してるおじさんちでは小公女や家なき子のように虐げられていたので、はじめて自分には魔法使いの両親がいて遺産も残されていると知った開放感が、このシーンではよく現れている。それだけじゃなく、ワゴンの品物を少しずつだが全部買うところに、子供らしい無邪気さとどん欲さが出ていて面白かった。子供の頃、あの「エルマーの冒険」を読んだときに、主人公が〈りゅう〉のいる島にむかうために用意したリュックの中身が、一見すると意味不明な物でごちゃごちゃしてる場面でワクワクしたことが思い出された。こういうところに子供は惹かれるのだ。なかなか侮れない。

 〈百味ビーンズ〉などは愉快を通り越して見事と言うしかない。普通のチョコやミント、マーマレード味に混ざって、臓物、鼻くそ、ゲロといった味まで用意されている。子供は汚いものや下品なものが大好きだと確信している著者のセンスが光っている。

 一方で、たとえば現代っ子を虜にするためのあざとい手管とはどこかと言えば、クィディッチという生徒も先生も熱中するゲームにハリーを出場させることで、まさにサッカーそのものの興奮を作品にさりげなく持ち込んでいるところだ。ただしサッカーを単純に取り込むのではなく、魔法使いの人気ゲームらしく非常にナンセンスなルールにしつらえたのは著者のアイディアだ。それ以外にも、ロン・ウィーズリーが500枚も集めていると自慢する魔法使いのトレーディングカードも子供にはたまらないだろう。カードの人物が時々出歩いて姿を消すというナンセンスを付け加える事も忘れないところが、著者の至れり尽くせりの読者サービスと言えるだろう。

 このように本書はいたるところおもちゃ箱をひっくり返したような楽しい描写に満ちている。ストーリー展開もテンポがあって読みやすい。それに比べると結末の謎解きはあっけなくて、作者が意図したほどは驚きは感じられない。しかしそれが欠点に思えないほど十分に、読書する過程が楽しめる作品だ。

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posted by アスラン at 03:06| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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